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平成21年度FDの報告

最終更新日: 2011-01-12

テーマ「論文指導演習の試み」

平成22年2月25日(木)、淑徳大学千葉キャンパスの研究棟会議室において、総合福祉研究科の担当教員によるFDが実施された。 今年度は、心理学専攻の3教員が話題提供し、修士論文を指導する研究指導演習(ゼミ)をどのような体制で指導しているのか、さまざまな試みが報告された。

1.論文指導の流れ 

神 信人准教授

  1. テーマ設定
    テーマ設定では、社会的・学術的意義を最大限考慮させ、担当教員に意義があると認めさせるまで、徹底的に討論する。
  2. 先行研究等の報告・研究立案
    先行研究をもとに研究課題を設定して、具体的な研究方法・課題を検討し、実現可能性が低ければテーマ設定に戻ることもある。
  3. 研究実施・分析
    進捗状況を随時報告さえ、課題と対応策を指摘し、今後の計画を表明させる。ここで表明することが、その後の研究実施へのコミットメントを促す。 学部授業への出席、自主ゼミ、ティーチング・アシスタントの活動などにより、結果の分析技能を身につけさせる。
  4. 論文執筆
    プロット発表をさせ、コメントする。ここで、論文の構成を確認し、必要な研究を指摘する。 論文の具体的な指導は、問題、方法、結果、考察という内容別にチェックする。その際、以下の過程を含む。
    a.個別指導 学生が書いてきたファイルを一部(たとえば前半のみ)だけ校正し(真っ赤になることも多い)、さらにコメントをつける。返却の際、その校正とコメントの理由を、徹底的に説明しておく。ここで納得できていないと、後々にまで問題が残っていくことになる。
    b.院生同士の相互コメント 論文指導演習の時間に、院生同士が互いの論文を読んで、わからない点などについて相互にコメントする。
    c.学部生の卒業論文へのアドバイス 一、二名の学部生の卒業論文の計画段階から関与させ、学部生が書いた論文の問題点などを言語化してアドバイスさせることで、院生自身の論文の問題点に気づいていくように指導する。
    d.スケジュール管理 自身の全体業務と最終的な締め切りをもとに、今後のスケジュール管理をする必要性を説明し、計画を立てさせる。
  5. 学会発表、投稿論文の執筆 それまでの研究成果(卒論やアドバイスをしてきた学部学生の研究成果を含む)を学会発表させ、さらに学会誌または大学院紀要に論文として投稿させる。論文執筆指導の方法は、基本的に上記4と同じ。 研究計画の段階でも、学会の若手研究者助成などに応募させる。

全体を通して、まずは学生自らが行動を起こし、そのプロセスを言語化させつつ逐次指導を行い、指導の意味が学生に実感されるような流れの中で、研究自体が深化していくような構造を作り出されていることが感じられた。無論、教員や学生の相性もあるので、すべてのゼミがこのやり方を採用すべきものでもないだろうが、学生の研究活動と教員の指導が、相互作用的に発展・深化していくような指導の構造は、参加教員にとって、大変参考になる発表であった。

2.私の学生指導

小川 恵教授

ゼミの院生指導では、「(心理)臨床家になれるか、なれた後もそのモティベーションを4,5年は持ち続けられるのか」を大切にしている。たとえば、「自分の物語を持てて、それを人に伝えることができる」ようになることを念頭に指導をすすめている。こうした理念は、個人指導よりもグループ指導の場で、相互作用の中から育っていくと思われ、そうした場の醸成を大切にしている。

そのための具体的なまなびの場として、まず、市内の精神病院でのボランティア活動に積極的に取り組むよう推奨し、その環境整備を行っている。病院側との連携も不可欠であるが、現実の臨床の場から学生が主体的に学んでいくものは実に大きい。また、それが単位の認定される実習授業ではなく、ボランティアであるからこそ、主体的なまなびになるのだと考えられる。

次に、学部生の研究指導を手伝ってもらうようにしている。ただし、その際、研究テーマや相性のマッチングが非常に重要であるので、それには十二分に心を砕いている。

また、ゼミ合宿には、修了生を呼ぶようにして、修了後の将来の姿を見せるようにしている。 さらに、サブゼミを開催し、学生が主体的にテーマを見つけ、学習を進めていけるように態勢を整えている。最近のテーマの例としては、社会心理、アフォーダンス、生理学、こども虐待、英語の学習会などが挙げられる。 以上のように、学生が主体的にまなびの場に身を置いて、自らの言動の必然性を自覚していき、他者に通じる言葉で語ることができるように相互に切磋琢磨していけるような環境を整えることに腐心されていることが、厳しさの中にも暖かさを感じられるゼミの空気をつくっていることが伝わってくる発表であった。

3.私の教育 

吉田 章宏教授

教育心理学の世界に入り込んでから、当初は素朴で熱狂的な希望に燃え、疑念を抱き、現実の教育実践に対する無力性と無効性に直面して、深刻な幻滅の悲哀を味わってきた。学会のみで認められる教育心理学では、不毛である。私は、斎藤喜博先生の後を追いかけ、「教育の極意」の同定とその解明をめざして歩んできた。その要旨は、総合福祉学研究紀要第43号(2009)に記しているので、関心のある方は、そちらも参照していただきたい。

その論文は、「<教育の極意>『共に育ちましょう』の教育心理学的考察」という題目であるが、蘆田恵之助の言葉「共に育ちましょう」が、一つの「教育の極意」を現していると述べている。教師は、「子どもから教え方を学」び、「多種多様に学び直」し、「教えることを学」んでいる。「教育」という出来事において、教える人間と育つ人間が、「共に育つ」ということは、すべての場合を貫いて見いだせる本質的な必然性である。

そして、無数の「教育の極意」の関連は「直線構造」や「枝分かれ構造」などではなくて、「網の目構造」を成すのではないか。その中で、武田常夫の「教えないことが教育だ、教師が教えたいとねがうことをむしろ惜しんで惜しんで惜しみぬくことが教育だ」という「教育の極意」も、「学び」の「再活性化」(フッサール,E.)を教育において実現する「極意」として、この網の目構造の大事な一つの網の目となるであろう。

学生の取り組んでいる論文が、本当にどうしてもやりたいことであるのか、「するな」といってもどうしてもやりたいことであるのか、学生が教育の場を離れた後でも、その論文のテーマが本当にやりたいことであるのか、といった気概をもって、教員と学生が「共に育って」いくような教育が、私の望んでいる論文指導であります。

教育心理学という学問のあり方に生涯をかけて追い求めてこられた先生だけに論文指導においても、大学院教育のあり方の根幹をかけて、学生に向き合い、まさに「共に育ちましょう」を地でいっているのだと感服させられるお話であった。また、最後に年度末の刊行が紹介された、『心に沁みる心理学 第一人称の科学へのいざない』(川島書店)は、吉田ゼミの8名修了生と、フォーカシングの提唱者で世界的な哲学者・心理臨床家のジェンドリン、そして吉田先生ご自身の8名が執筆された著書であり、上述の、先生の教育の結実であることも感慨一入であった。

以上のように、3人の教員から、実に多面的に、論文指導の試みに関する報告があり、その後、フロアの教員から活発な意見交換が行われた。

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