2015年1月アーカイブ

 

こんにちは。表現学科の教員の杉原です。
人文学部は、大半の後期授業が今週までに最終回となり、試験や最終課題提出のピークを迎えています。

本日は、表現学科1年生の選択科目「メディア表現論」の最終回の授業をレポートします

先生は、テレビ・ラジオ・ネット等各メディアで活躍されているジャーナリストの
堀 潤(ほり じゅん)客員教授です。

堀潤先生は、NHK報道局で多くの現場取材をしてきた経験と、
現在もキャスター、ラジオパーソナリティとして自分の言葉で視聴者に「伝える」仕事をされている立場から、
メディア表現における様々な問題を授業で取り上げていらっしゃいます.

 

 

前回の授業では、フランスの風刺新聞「シャルリー・エブド」をめぐるテロ事件を取り上げ、
学生は「表現」と「自由」の問題について学んだ後、「風刺画」作成にも挑戦しました。

今日の授業の冒頭では、それらの風刺画をプロジェクタに投影して共有。

表現と自由の関係性、メディア・取材対象・視聴者の微妙な関係性を捉えた秀作もあり、
表現学科の学生のビジュアル化するスキルも発揮されていました。





そして・・・今日のテーマは「情報戦争」と「正義」。

この数日間に日本中を震撼させた
「イスラム国の日本人殺害予告」「つまようじ少年」のニュースを中心に、
実際のネット上の投稿動画も視聴しながら思考を深めていきました。

この2つのニュースの根底にある共通点は何か?
先生からは
 ◇発信者が「大義」を掲げている 
 ◇ネット動画の特性を反映した事件である
という点が指摘されました。


先生が学生に向けて強調されていたのは、
こういった動画を見て「間違っている」「ばかげている」と評するだけでは、
何も始まらない、状況は何も変わらない、ということです。
「なぜ彼、彼らは、このような行動をとるのか?」
「この背景に、社会的などんな真実があるのだろう?」
「こういった連鎖は、どうしたら断ち切れるだろう?」
と考えをめぐらすことが重要だと、重ねてお話されました。


そして、最終授業の締めくくりは、
「正義とは何か?」についてグループ・ディスカッション。
学生は数名単位でグループになり、それぞれの考えを話し合いました。

約15分かけて各グループで議論した内容は、
その場でスマホを使って原稿や写真にまとめ、
先生あてにメール送信。プロジェクタ画面でリアルタイムに共有されます。

ここでも、さまざまなキーワードと視点が出ました。

たとえば
「正義とは個人のエゴであり、定義づけは難しい」
「結局、主導権を握ったものが、正義を語れるのではないか」
「多数派が正義となり、少数派の正義が見落とされることが
 あるのではないか」・・・などなど。
短い時間ながら、いろいろな論点が挙がりました。

堀潤先生からは

「人間は長い歴史の中で、それぞれが正義の旗を奪い合ってきた。
 旗をとったものが『正義』を語り、旗を奪われたものは旗を奪い返そうと、
 また『正義』の旗を掲げる。そういった繰り返しがずっと続いている」

「それを止めるには、『共通の善(共通善)』の共有が必要で、
 『対話』が不可欠とされている。しかし、対話だけでも解決に至らない
 ことが多いのも現実である」

といったコメントが添えられました。

・・・「正義とは何か?」
これは人間社会の本質に触れるテーマであり、いわば「正解のない」テーマです。
でも、考え続けなければならないテーマです。
こういった哲学的な問題に、学生が真剣に自分の言葉で議論していた姿が印象的でした。

堀潤先生の授業は、現在も進行中のニュースを題材に、
「まだ教科書にのっていない」
「答えはないが、何とか自分たちで解決策を考えていくほかない」ことを
理解していく授業 ともいえるでしょう。


  
表現学科の学生は、こうした授業を通じて、
1年生のうちから社会を見る視点を育てています。


もうすぐ2年生、これから彼らが発信していくことに期待が高まった授業でした。

 

 (※堀潤先生のプロフィールとメッセージムービーは
   こちらの「表現学科 特命教授・客員教授紹介」から見ることができます)
   http://www.shukutoku.ac.jp/jinbun/hyougen/professor/allprofile.html             

 

 (人文学部 表現学科  杉原麻美)
 

2014年4月スタートの人文学部表現学科の特徴は、「総合芸術である演劇に全員が挑戦することで、自分の可能性を引き出す」という、他大学では見られない教育システムです。従って表現学科のA・B・Cの3クラスの学生は全員4月から毎週2コマ、演劇の授業を受けてきました。その成果発表会ですから、学生にとって年末も年始もありません。納得いくまで稽古です。クラスによっては最後の最後、前日まで入念にセリフ廻し、立ち位置並びにダンスのステップ位置確認、歌の稽古、衣装・メークの確認、音響や照明のタイミングチェックなどを重ねて迎えた本番は、まさに「自分への挑戦!」でした。台本は基本的にはオリジナル。おとぎ話などや映画の名作にヒントをもらい学生が書き上げ、学生が演出し、学生が出演し、学生が音響・照明を担当。4月からの授業を担当し、適材適所に学生を配置したのは、文学座演出家で、表現学科演劇授業担当の望月純吉特命教授です。以下写真とともに6作品を紹介します。

 

Aクラス1班

「BACKSTAGE 」~映画の撮影スタッフが織りなす白雪姫の物語~

トップバッターで登場。少し緊張感がある中、順調に話が展開。白雪姫を男がやる!小人や王子が登場。監督の気まぐれな演出に振り回されながらも何とか終了。思いつきの場面展開など、早いストーリー展開に対応した。

Aクラス2班

「赤い罠」 ~1つのリンゴから始まった、少女を取り巻く物語・・・~

芝居の廻し役として小人が語り手で登場。赤ずきんちゃんの純粋な心と、ハートの女王への復讐を実行する王子は、魔女の手先でオオカミだったという落ち。ストーリーの柱となる登場人物の骨格が良く書けていた。ハートの女王の存在感あり。

Bクラス1班

「サウンド・オブ・ミュージック」 ~僕らが奏でる歌とダンスのオンステージ~

まさか「ミュージカル」が見られるとは!ストーリー展開はあの名作の流れを借りながら、現代風に展開。7人の子供の家庭教師「マリア」役が男。これが堂々としていて脱帽。7人の子供の合唱とダンスは稽古の成果が出た。何があっても「前向きに!」その精神が、清々しい仕上げとなった。チームワークの勝利。

Bクラス2班

「北風と太陽」 ~黙って笑え!!~

台本は完全オリジナル。分かりやすい単純な話、大きな演技、メリハリの効いた音声と音響。知らず知らずに笑える。今どきの若いカップルを、俯瞰から見ている北風と南風それに太陽。シンプルな話に、身近な共感として受け止められた。小作品ながら、ピリリと辛い。

Cクラス1班

「部室にて」 ~後ろから誰かがやってくる~

こっくりさんが話の縦糸、部員の人間関係が横糸。一人一人謎の失踪。こっくりさんの人隠しか。怖い話をより怖くしたのが音響と照明。学生の怖いモノ見たさが悲劇を生み淡々と展開した。

Cクラス2班

「ラブライブ~未婚者達の戦い」 ~未婚者達の奮闘記。勝ち組になるのは・・・?~

現代若者事情。結婚しない人たちがいれば、結婚したい人たちもいる。「出会い」の場を提供したテレビ番組の形態を取って進む。最終的に「口先だけの男」がシッペ返しを喰らうことで、落ちになっていた。完全オリジナル台本だった。

 

およそ3時間半に及ぶ長丁場。文学座俳優で客員教授の渡辺徹氏が最後講評を述べた。「まず、長丁場6作品を見て頂いたお客様に御礼を言おう。(学生全員は声を合わせて御礼を言った)演劇は一人で出来ない。見てくれる人がいて、演じる人がいる。うまくいったかどうかは別として、何よりも限られた時間の中で、精一杯打ち込んだ。一生懸命やった。そこに価値がある。そこに思わぬ発見があり、仲間たちとコミュニケーションを取り合い、エネルギーを発散させた。そのエネルギー・パワーが一人一人の財産となる。本当に頑張った。おめでとう!」

 

私も感じたことを最後に記します。「6作品共に、恰好になっていたことが大きい成果だと思う。不安もあっただろう。話し合いもうまくいかなかったこともあっただろう。演劇論でもめただろう。しかし続けることで、話し合うことで少しずつ、少しずつ一人一人の距離が近づいて来た。この演劇成果発表会を真正面から受け止め、挑戦し、やり遂げたことで必ず心に根付く確かなモノを手に入れた!後期試験もこの調子で乗り切って、単位落とすなよ!いいもの見せてくれてありがとう」

表現学科教授 松永二三男

 

受験生の皆さん、大学で学んだ経験をダイレクトに活かすことができる職業としては、どのようなものがあるか、ご存知ですか?一つは、中学や高校の社会や地理・歴史の先生、もう一つは、学芸員です。

 

学芸員は、博物館や美術館に勤務し、そこに所蔵されている資料、昔の人が書き残した古文書や歴史的にゆかりのある美術品、発掘調査で出土した土器や石器などの考古遺物などを調査研究して、展示するといった仕事を担当しています。

 

学芸員になるためには、まず学芸員資格を取得しなくてはなりません。国家試験で取得する方法もありますが、これはとても難しい。大学で取得することが現状では最もやりやすい方法でしょう。

 

もちろん資格を取得できたからと言って、卒業後ただちに、希望する博物館や美術館の学芸員になれるわけではありません。学芸員の採用試験は、教員採用候補者選考試験以上に難関です。

 

ですが…あきらめるのはまだ早い!ともかくも資格を取得して、自分自身の専門分野を究めながら(たとえば戦国大名の領国支配で博士論文を書くとか…)、チャンスを待つこと。また、将来的に博物館学芸員になれる可能性のある職場(たとえば教職・教育委員会など)に入ること、これが大事なのです。そのための第一歩として、大学における学芸員課程の講義があるのです。

 

私は、本学に赴任するまでは島根県立古代出雲歴史博物館の学芸員をしていました。その体験を活かしながら、単なる机上の理論に終わらない実践的な博物館学を研究していきたいと考えています。

 

その一環として、博物館概論を受講している学生諸君を引率して、一緒に板橋区立郷土資料館を訪問しました。

 

板橋区立郷土資料館は、板橋区内で出土した土器・古文書・民具を収蔵し展示する施設です。そこに行けば板橋の歴史を深く学ぶことができることはもちろんですが、同館の敷地内にある古民家で板橋区内に伝わった年中行事を体験することもできます。

 

今回の訪問で学生諸君は何を学んだか。調査の目的は、狭い施設と限られた予算などいろいろな制約の下で、地域博物館がどのような工夫をしているのか、といった点を実地に確かめることでした。

 

学生諸君は、4つのグループに分かれ、学芸員の皆さんに館内を案内していただきながら、施設の概要や業務内容について熱心に質問を繰り返していました。

 

大学に戻ってきてからは、グループごとに調査の成果を持ち寄り、地域社会において博物館が果たしている役割についてディスカッションを行います。

 

一般的に、博物館学の講義では、博物館や美術館のあるべき姿、理想像が語られ、日本における現実の博物館や美術館の問題点のみが指摘され、そこで話が終わってしまう場合が多かったと思います。

 

しかし、かつて現場にいたことのある私としては、問題の本質を見抜くことができるバランス感覚を持った学芸員を育てたいと考えています。

 

まだ、スタートしたばかりの歴史学科と学芸員課程ですが、これからも板橋区立郷土資料館のような地域に根ざした地道な取り組みをなさっている博物館や美術館を訪問したいと思います。

 

現場の学芸員の皆さん、淑徳大学歴史学科をどうかよろしくお願いいたします。



ベトナムで考える

所用で昨年の12月18日から21日まで、ベトナムのホーチーミン市に行く機会を得ました。

ベトナムというと皆さんは何をイメージするでしょうか。私の世代の人たちはベトナム戦争を、私の場合は自分の専門もあり、米軍の枯葉作戦に用いられた枯葉剤に含まれた不純物のダイオキシン類が原因とされる奇形児の問題です。

  環境面で先ず気が付いたのが、ごみの問題です。私が見た限り、また現地で生活している日本人からの情報では、ホーチーミン市ではごみは分別廃棄されていません。しかし、ごみ箱からペットボトルなどの有価物を個人的に回収する人たちがいて結果的には分別されているとの、皮肉な見方をする人もいました。日本人の間ではほとんど常識ともいえるごみの分別、さらには3R(リデュース、リユース、リサイクル)の考え方の徹底はまだまだです。

もう一つの環境問題はバイクによる大気汚染です。ヘルメットの着用は法律で義務づけられていますが、ほとんどすべての人はマスクをしています。将来ベトナムの経済がさらに発展した時、バイクから車に移行すると思いますが、車による交通渋滞と大気汚染が今から心配です。

 私は環境問題を学ぶならドイツやデンマークなどの環境先進国に行くよりも途上国に行くべきと考えています。

淑徳の学生諸君も在学中に途上国に行き、いかに我々が豊かな、もったいない生活をしているか、感じてほしいと思います。

私たち先進国の人間から見ればベトナムをはじめ多くの東南アジアの国はまだまだ貧しいと言えます。しかし今回のベトナム行で感じたのは、彼らは貧しいがその貧しさを不幸というとらえ方はしていなく、逆にわれわれ日本人より心が豊かに見えました。

写真にもありますようにお昼に市民の皆さんが道端で皆で食事をしています。多分、食事中に会話ははずみ、また料理を用意する人と客は知り合いで、味についても注文を出しているのでしょう。

 

翻って日本では「おふくろの味」が「袋の味」になってしまい、また個食、孤食が問題となっています。

このような姿を見るにつけ、昭和初期の古き良き日本の伝統が彼らの中に生きているように見えます。

「物の豊かさ」から「物+心の豊かさ」にシフトすることが先進国では問われています。先に述べたように、環境面ばかりでなく古き良き日本の伝統を思い出す意味でもベトナムに行くことをお勧めします。日本がここまで来られたのは他国の援助の「お蔭さま」であり、これからの日本は「お互い様」の心が問われていますので。

今回の経験を人文学部での授業に生かしたいと思っています。

 

 

(掲載した2枚の写真は明治大学副学長の藤江昌嗣先生のご厚意で使用させていただきました。厚くお礼を申し上げます)

 

表現学科教授 北野 大


あけましておめでとうございます。表現学科の教員の杉原です。


新年があけ6日目の本日から、人文学部の後期授業が再開しました。クリスマスやお正月をそれぞれに楽しんできた学生たちも、試験や課題提出が多く控えているのでお正月気分はすっかり抜け、集中して授業を受けていました。

年明け初日の模様をレポートしようと、今日は北野 大(まさる)先生の授業を見学させていただきました!


北野大先生といえば、コメンテーターとして各メディアでもお馴染みの方ですが、環境化学を専門とする工学博士であり、明治大学では大学院理工学研究科 及び理工学部応用化学科で教鞭を取られていた先生です。これまでにも環境に関する国の審議会の委員を務められたり、現在もさまざまな国際会議に出席されるなど、化学という専門領域を軸に多方面で活躍されています。

そして、淑徳大学 人文学部の専任教員として「人間理解講座」「社会理解講座」などの一般教養の科目を教えてくださっています。これらの科目は「実学」を掲げる淑徳大学の特色でもある授業で、現代社会を多面的に理解するために、さまざまなテーマを取り上げながら学ぶ「実社会とつながる教養」の授業です。

 

 

 

さて、今日の授業は 「人間理解講座(生物・化学・物理)」

人文学部(歴史学科、表現学科)の1年生の選択科目です。

 

 

前回までの授業で、農薬、食品添加物、放射性物質などさまざまな物質についての「安心・安全」について取り上げていたそうですが、第13回となる今日は、これまでに学んだ内容とも関連づけながら、「リスクコミュニケーション」について学びました。

 

 

 

冒頭では、「日本と欧米での安全に関する考え方の違い」について。 

たとえば、安全対策を講じるときに、「人」への対応を中心に考える傾向の強い日本と、人は間違いを起こすのでまず「技術対策」を考える欧米。「安全にはコストがかかる」という意識を持っている欧米と、コストを認めにくい日本、  など。

先生の説明を聞いていると、「たしかに・・・」と、思い当たることが次々と頭に浮かんできます。

 

その後の「リスクコミュニケーション」の重要性の話でも、最近のニュースなどと結びつけながら解説してくださるので、「あのニュースは、こういうことだったのだな!」と断片的な知識がつながって理解できていきます。

こういった理解は、メディア関係の仕事をしていくうえでも、歴史の教員になるうえでも、不可欠なものでしょう。

 


また、北野先生のこの講義で印象深かったのが、「挙手して自分の考えを発表すると、ポイントをもらえる」というルール。

先生のテキストはところどころがブランクになっていて、そこに何が入るかを各自が考え、挙手するのです。今日、もっとも手を挙げていた学生は5ポイントを獲得していました。これも少人数だからこそできる授業スタイルですね。

 先生の授業は、専門知識を単なる専門知識にとどめるのではなく、学生一人ひとりが自分なりにひもづけをしたり、思考を深めたりしながら考えるトレーニングになっているようでした。

 

 (最後にひとこと・・・ 私もそんな授業を18歳のときに受けたかったです!!)

 

【参考】 大学HPにアップしている北野先生から「学生へのメッセージ」

http://www.shukutoku.ac.jp/jinbun/hyougen/professor/kitano.html

 

  (文芸表現コース担当:杉原麻美)