2016年10月アーカイブ

 

こんにちは!歴史学科二年の梅﨑渉です。

今回私たちは森田教授の歴史調査実習のフィールドワークで二週にわたり江東区深川に行ってきました。

 

一週目は『奥の細道』で有名な松尾芭蕉に関連する史跡を多く見学し、

江東区立深川図書館資料室の見学をさせていただきました。

二週目は深川の人々の信仰を多く集めた寺社を回り、

深川江戸資料館では学芸員の方から貴重なお話を聞かせていただきました。

 

今回は深川図書館、深川江戸資料館で学んだこと、

二週で見学した史跡・寺社の中で特に印象に残っているのもの紹介できたらと考えています。

深川図書館資料室での見学では使用方法のマナーなどについて学びました。

私たちの学年ではまだこういった資料室を使う機会がほとんどなく、

実際にその場に行き、使用方法を教えていただけるのは貴重な時間でした。

また資料室に東京の歴史に関する書籍が多く所蔵されていました。

これから先、レポートや卒業論文の執筆にあたり、是非利用させていただきたいと思いました。


 

 

 


深川江戸資料館では展示室を学芸員の方に直接案内していただきました。

深川江戸資料館では時代劇などよく見られる江戸の町並みが再現されて目で見て、

肌で江戸の雰囲気を感じることが出来ました。また展示物にも触ることが出来、

当時の町人たちがどのような暮らしをしていたのか想像することが出来ました。

また展示の解説の後に学芸員の方から展示方法や学芸員の採用などの話を聞かせていただきました。

私たち学生の中には学芸員の資格の取得を目指す学生も貴重かつ、有意義な時間となりました。

両館で得たことはどちらも将来にとても役立つことばかりで、ご多忙の中、時間を割いてくださった

深川図書館・深川江戸資料館の方々に感謝の気持ちを忘れずに活かしていきたいと思います。

 


ここからは一週目、二週目それぞれで印象に残った史跡・寺社を紹介していきたいと思います。

 

 

  

まず一週目は清澄庭園です。

この清澄庭園は「都心にこんなきれいな庭園があったのか!」と言わんばかりの庭園です。

この庭園の起こりは、一説によると江戸期の豪商、紀伊国屋文左衛門の屋敷跡と伝えられています。

明治にはいると、岩崎弥太郎の所有になり、来賓用の庭園の整備を行い、

後に弟の弥之助が所有すると、現在の庭園が完成しました。

ですが、昭和20年東京大空襲で荒廃しています。

戦後に復旧が行われ昭和28年に完了し、今日に至っています。

また園内には深川にゆかりのある俳人、松尾芭蕉の句碑が立っています。

これは、1934年に建立されました。

その趣旨は震災で深川の芭蕉庵の遺跡が壊滅してしまい、その史実を後世に残したいというものだそうです。

この句碑には芭蕉の一番有名な「古池や かはづ飛び込む 水の音」が刻まれています。

 

 

 

  

二週目の印象に残ったのは富岡八幡宮です!

ここは個人的にもずっと訪れてみたいと思っていた神社フィールドワークで訪れる機会があり、強く印象に残っています。

ここは「深川の八幡」と呼ばれ広く信仰されています。

富岡八幡宮の起こりは、1627年に長盛法印が永代島にあった八幡旧社を再興したのが始まりとされています。

また、「富岡」という称は1685年に永代寺四世周光の夢に聖徳太子より口授されたものという説話が伝わっています。


そして、富岡八幡宮と言えば・・・そう!お神輿です!

富岡八幡宮の深川祭は神田明神の神田祭、日枝神社の山王祭と並び東京三大祭に数えられことがあります

(私個人としては浅草の三社祭ないしは鳥越祭を入れたいとこですが・・・)。

そもそも富岡八幡宮の祭りの歴史は1643年に遡ります。

江戸期の元禄期に紀伊国屋文左衛門が金銭に糸目をつけずに神輿を建造させ、

奉納した三基の大神輿があったほうですが、関東大震災で惜しくも焼失しています。

それ以降は、神輿でなく鳳輦を渡御させていました。

平成3年に御本社一之宮が68年ぶりに復活します。この本社神輿こそが日本一と言われる千貫神輿なのです。

千貫とは今の重量にする約4.5tくらいになります。また、この重さだけではなく、大きさもすごいのです。

私自身も様々な神社の祭事に参加させていただき千貫神輿と呼ばれる神輿を担がせてもらっていますが

こんなに大きな神輿は見たことがありませんでした。

この一之宮が大きすぎ渡御が大変ということでもう少し小ぶりの二之宮が平成9年に完成し、

現在では二之宮の渡御が行われています。

最後に深川を歩き、「都内で数少ない江戸を感じれられるところだな」と身に染みて思いました。

このブログを読んでくださり、興味をもってくださった方は是非、

古地図と現在の地図が掲載されている本を片手に歩いてみるのはいかがでしょう。


《ブログを執筆するにあたり参考とした書籍》
・江東区地域振興部文化観光課文化財係編『江東区の文化財1深川北部』(2012年)
・江東区地域振興部文化観光課文化財係編『江東区の文化財4門前仲町界隈』(2009年)
・江東区教育委員会編『江東区の民俗 深川編』(2002年)

 

 

 

みなさんこんにちは!
人文学部歴史学科森田ゼミに所属しています矢口翔伊です!


ぼくたちのゼミは8月29~31日の3日間佐原市の民宿に泊まりながら近辺の歴史ある名所を散策しました!
初日は民宿から電車で30分程で着く鹿島神宮に行きました!

 


最寄りの鹿島神宮から歩いて10分程で神宮に着きました
真夏で非常に天気もよかったため少しの距離でもみんな汗だくでしたね!


大鳥居を潜るとそこには重要文化財、日本三大楼門にも数えられる圧巻の楼門がありました。


境内は迫力のある拝殿、数十メートルもある巨木が覆う奥参道を歩くと鹿島神宮七不思議である要石、御手洗池がありました!
御手洗はとても澄んだ水で現在も禊が行われています。

 

近くの売店で各々腹ごしらえをし
売店のおばさんと楽しい会話を楽しみました!
とてもユーモアがあり楽しい疲れも吹き飛ぶような笑顔がありました!


初日からとても有意義な時間になりました(*^^*)

 

 

 
こんにちは。歴史学科2年の都丸愛璃です。
 
私たち「農業体験」サークルの1年生4名、2年生3名、3年生3名、計10名と顧問の土井進教授は、
9月9日(金)に板橋区赤塚庁舎の「農業体験農場」で
ダイコンの種まきとニンジンの間引き作業を手伝いました。
これらの作物は第59回「板橋農業まつり」で、親子引っこ抜き体験に使用されるものです。
 
初めに都市農業係の職員さん2名、板橋区民農園農芸指導員の会の皆さん10名と
朝のあいさつと仕事の打ち合わせを行いました。
 
具体的な仕事は、ニンジンの間引き作業から始まりました。
ニンジンの間引きは、密植しているニンジンを等間隔になるように抜く作業です。
できるだけ小さいものを選んで抜くのですが、うつむいたまま、
ずっとしゃがんだままの作業だったので、非常に骨が折れ、大変でした。
 

 
【写真1.間引き作業を終えたニンジンン畑】


 
 

 
休憩を挟んだのち、ダイコンの種まきを行いました。
ダイコンの種を蒔く場所は、マルチシートをかぶせた幅80㎝の畝に、直径10㎝ほどの穴があけられています。
この土の出ているところに、指の第一関節ぐらいの穴を三つ空け、その中に種を一つずつ蒔きました。
畝は2列に穴があけられ、穴と穴の間隔は30㎝ほどでした。
 
この小さな一粒の種が、2か月後には立派なダイコンに成長するのだと思うと、ダイコンが秘めている生命力に感動しました。
こちらの作業は比較的軽い作業で、参加者同士の会話もあり、和気あいあいとしていました。
 


【写真2.ダイコンの種をまいている所】
 
 
 
 


【写真3.ダイコンの種】


  
 
休憩の時間に、板橋区民農園農芸指導員10名に、学生が一人ずつついて、板橋の「都市農業」に関する
インタビュー調査を行いました。
私は、会長の田中耕太郎さんに質問をさせて頂きました。
 
田中耕太郎さん(69歳)は、この赤塚の地で8代にわたって農業を営んでおられる専業農家で、
田中さんご自身は農業に携わって約30年になるそうです。
田中さんの畑では、


春はジャガイモ、ダイコン、カブ、ホウレンソウなど、
秋はニンジン、ブロッコリー、カリフラワー、ハクサイ、レタス、タマネギなど様々な作物が栽培されています。
 
 
以下、私が行った質問をいくつか紹介します。
 
Q1.「都市農業」の魅力は何ですか?
A.大消費地があるので、収穫するとその場ですぐ出荷できることです。
また、畑は災害時に板橋区民の避難場所として利用していただけることです。
 

Q2.「都市農業」の課題は何ですか?
A.周りが住宅街なので、
農薬等が撒けないことです。
また、早朝からの農作業ができないなど、制約があることです。
周りの住民の理解を得ていくことが必要だと考えています。
 

Q3.私たち学生へのメッセージをお願いします。
A.「農業体験」を通して、農業の大変さや課題等を理解してもらい、学生時代の貴重な経験にしてほしいと思います。
 
 
今回の「農業体験」では、実際の農業の一部を体験することによって、
農作業には先を見越して考えなくてはいけないことがたくさんあることを学びました。
私は歴史学科なので、「農業体験」を通して、農民の生活にも興味を持つことができました。
今後も「板橋農業まつり」などの手伝いに参加したいと思っています。
 

 
 




みなさんこんにちは、人文学部歴史学科3年森田ゼミのゼミ長の堀越佑弥です。
僕たち森田ゼミは少し変わったメンバーが集まったゼミです。
他のゼミとは違い神話や風土記に登場する神から近世の食文化、高度経済成長期の闘争問題について調べる者まで
様々な時代で自分が研究したいテーマについて研究する方式をとっているユニークなゼミです。
そんな僕たちが今回ゼミ合宿で訪れたのが小江戸として有名な千葉県香取市、水郷の町佐原。

 

ここは江戸時代からの情緒あふれる町並みとその中央を通る水郷が美しい町で、歴史的な建造物が数多く残されています。

 

 

僕らが泊まらせていただいた木の下旅館は、かつて船宿だったところで、文化財に指定されています。
佐原の町での散策では水郷に沿って建てられている古民家や酒蔵跡など指定文化財になっている町並みをめぐり、
初めて日本地図を作った伊能忠敬の生家、記念館を訪問しました。
伊能忠敬の行ったことは今でも佐原の人々の誇りになっているのだと感じました。

 


佐原には、日本厄除三大師になっている妙高山観福寺というお寺もあります。
このお寺は平安時代から続く古くかあるお寺で平将門の守護仏が収められていて四体ある仏像は
国の重要文化財に指定されています。

 

 


このお寺には伊能忠敬とその一族のお墓があり、その墓はお寺の墓地でも目立つところに置かれていて、
ここでも伊能忠敬の偉大さと地域の人からの尊敬が感じられます。
観福寺は古代から近世までの古文書が多く納められていて、よく調査のために大学の学生などが訪れるらしいです。

 

 

このブログを見ている皆さんも、研究のために訪れてみてはいかがでしょうか。