高麗川フィールドワーク(東洋史研究Ⅱ[朝鮮史])

淑徳祭の翌日、11月26日に東洋史研究Ⅱ[朝鮮](担当:村松弘一)のフィールドワークとして埼玉県日高市の高麗川へ行きました。この授業では中国大陸・朝鮮半島・日本列島の人びとや技術・文化の移動や広がりについて学んでいます。今回のフィールドワークは、古代の朝鮮半島から日本へと来た人びとに焦点をあて、716年に高句麗からの渡来人が集められた武蔵国高麗郡(現在の埼玉県日高市)を踏査し、朝鮮の文化・技術の伝来過程を考えることを目的に実施しました。高麗王若光を祀る高麗神社では神社の保々さんのご説明をいただき、神社の由来や李王家に至るまでの神社ゆかりの人びとのお話、13世紀から続く系図(レプリカ)を見ながらの解説を拝聴しました。また、高麗家住宅でもご説明をいただき、高麗家が江戸時代に至っても地域社会の中心となっていたことがよくわかりました。その後、聖天院・高麗王廟を訪れました。ここは奈良時代に創建された仏教寺院で不動明王と高麗王若光が祀られています。背後の山には朝鮮を建国した檀君や漢字を伝えた王仁などの石像がならんでいました。そこから高麗川沿いに歩いて30分ほどで、高麗川の屈曲部分に造られた巾着田に至りました。巾着田は9月には曼珠沙華の花に覆われるそうです。巾着のようなかたちの屈曲点の西北に堰を造り高麗川を東南に分流させ、巾着の中心部に水を配し、灌漑をする水利システムは朝鮮半島由来とも考えられています。建設時期の検討も含め、渡来人のもたらした技術かどうかは今後も調査が必要でしょう。約6時間にわたる踏査で、日本古代の朝鮮半島からの渡来人が果たした役割について考える良い機会となったと思います。
以下、参加した学生のみなさんの感想をいくつかご紹介します。

・高麗神社は想像していたよりも立派な神社で、境内には神社独特の荘厳な雰囲気が漂っていた。事前の報告会で今でも本当に高麗若光の子孫がいるのか疑問に思っていたが、実際に13世紀以降の系図が残っていること、それは代替わりの際に当主が書いた史料であることなどから、本当に続いているのではないかと思った。(歴史学科2年・久保田空さん)
・事前に調べていた以上に日高市では「高麗郡」を活用した町おこしが盛んで、また、実際に行くことによって知ることのできる朝鮮に関するものもあり、有意義なフィールドワークだった(歴史学科2年・嶋田桃子さん)
・聖天院には在日韓民族慰霊塔があり・・・聖天院は高麗郡の寺として、日韓の架け橋的な存在となっているように思った。(歴史学科2年・野澤結奈さん)
・聖天院の本堂や鐘などは高句麗というよりも日本の寺院にいるようであったが、在日韓民族無縁慰霊塔は異国を感じさせる場所であった。(歴史学科3年・阿部隼浩さん)

 高麗神社の鳥居にて

神社の保々さんからご説明いただく

本堂でお参り 何をお願いしてるのかな

高麗家住宅

保々さん、ありがとうございました。

高麗川のキャラクター トライ君とミライちゃんと写真

聖天院にて 

聖天院から高麗川駅を望む 

ブーツで聖天院の裏山を必死に登る。その先には檀君像がありました。

 巾着田1 高麗川の屈曲部分 

巾着田2 水車

巾着田3 渠水をジャンプ 

高麗川から巾着田の渠水への分水

 以上(文責:村松弘一)