歴史学科の最近のブログ記事

 

皆さんこんにちは。私は淑徳大学歴史学科3年の横川雅子と櫻井樹里です。

今回は冬休みに行ってきたベトナムでの調査についてレポートしたいと思います。

 

12月23日~12月30日の1週間、三宅先生のベトナムでの古銭の調査に同行させていただきました。

 23日の午後2時頃にホーチミンの空港に到着して福岡便の櫻木晋一先生(下関市立大学)と合流し、市内のホテルへ向かいました。夕ご飯は「アシマ」というキノコ専門店でした。普段見たこともないようなキノコがたくさん出てきました。

ホーチミンのホテル

キノコの鍋です

 

 24日は朝から出かけました。まずはホーチミン市博物館。古代から近代のもの、様々なものが展示されていました。外の敷地内ではベトナム戦争時に使われた戦闘機や戦車が置かれていました。部類の戦車好き、櫻井が最もテンションが上がっていた瞬間でした。その後近くにある市場を見てから24時間フォーを昼食にして旧大統領府(現・統一会堂)の見学をしました。その後自由時間になり、櫻井・横川でさきほどの市場へ向かいました。そこでは海外の洗礼を浴びながらもお土産を買ったりしました。むだに色違いの帽子を買ったり、国旗や党旗を象ったTシャツをそれぞれ買ったりなどしました。夕飯は旧アヘン工場を改築したベトナム料理のレストラン〈ホアトゥック〉でいただきました。そこで人生初の生春巻きを食べました。なんだか不思議な味でした。帰り道、24日クリスマスと言うこともあり、ホテル近くのお店により皆でケーキを食べました。

ホーチミン市博物館

テンションMAX

 

統一会堂

生春巻き

 

25日はホーチミンから調査地のハティンへ移動しました。ホテルがとても豪華で、隣接しているショッピングモールで夕飯と買い出しをしました。その後は恒例の三宅Barでいろんなお話をしました。そこから4日間はそこで貴重な先生方の昔話や相談所になって、三宅Barというよりは三宅研究室出張所みたいになっていました。夜には菊池誠一先生(昭和女子大学)・菊池百里子先生(人間文化研究機構)ご家族も到着されました。

ハティンのホテル

 

そして26日~28日の3日間、ハティン省博物館で、一括出土銭の調査をしました。とにかく古銭を磨く→拓本を取る→記録する→整理する、を現地の人たちと延々と繰り返した3日間でした。古銭は種類ごとに箱に分けて入れられていましたが、違う種類のものも入っていたりしてそれを抜いたり、後から正体不明の古銭の山が出てきて、それを皆で磨いて分けて拓本取って、と根気のいる作業でした。途中で櫻木先生からパイン飴を頂いたり、磨きながらよく分からない話をしたりなど必死でした。

ハティン省博物館での古銭の調査

古銭を磨いて文字を読み取ります

 

拓本を採ります

 

 大きさの計測と拓本の整理(マンガ本に拓本を挟んで乾かしてます)

種類ごとに分類して箱に収納します

お昼ご飯は地元の食堂でベトナム料理です

 

 29日は飛行機の搭乗時間が遅く、午後16時にホテルを出発しました。チェックアウトが12時だったので昼食はホテルで取り、その後はホテルのロビーで待機していました。あまりにも暇だったので今回の古銭のデータの資料を整理したり、三宅先生がホテル内のお店でケーキをおごってくれたりと必死に時間をつぶしていました。ハティンからハノイに着いたのは22時近く。ハノイで福岡に帰る櫻木先生とお別れをし、午前1時近くに我々もハノイを発ちました。そして日本時間、30日午前7時頃に成田空港に到着し、それぞれの帰路へとついて今回の調査は終了しました。

お昼はホテルのレストランでフォーをいただきました

ホテルのロビーでデータ整理中 

 

今回も多くの貴重な体験をさせていただいた三宅先生を始め、ホーチミンからハノイまでずっと一緒に専門的なことから調査の裏話まで様々なことを教えていただいた櫻木先生、調査では現地の人たちとの通訳もしていただいたり、ベトナムのことについていろいろなお話を聞かせていただいた菊池先生ご家族、そして現地の方々には感謝しかありません。特に菊池先生には、「アイスが買えない!」とか言う訳の分からないご心配をおかけしました。

今回の調査も現地でしか味わえない、いろいろな体験をさせていただきました。前のモンゴル調査のブログでも載せましたが、3月24日(日)のオープンキャンパスには、歴史学科の展示・体験イベントコーナーに横川・櫻井もおります。もし、もっと詳しい話を聞きたいという方は、ぜひご来場ください。お待ちしています。

東洋思想史(担当:村松弘一)では、儒教・仏教・道教など東洋の様々な思想の歴史的展開について講義をしています。11月10日に実施した今回のフィールドワークでは儒教をはじめとした中国思想・東洋思想が日本へと伝わった場を踏査し、その歴史を考えることを目的としたものでした。全体の行程は、御茶ノ水駅集合→湯島聖堂→小石川後楽園→伝通院→小石川植物園→茗荷谷駅解散でした。

江戸儒学(儒教)の祭祀・教育の場であった湯島聖堂では大成殿と学びの場である斯文会、孔子像を見学しました。事前研修では湯島聖堂の孔子祭りのほか、担当教員が訪れた多久聖堂(佐賀)・足利学校(栃木)の孔子祭祀も話しました。

「事前学習で孔子祭りの映像をみて、聖堂のイメージをもってやってきたが、実際に訪れると大成殿の境内・殿内の広さに驚いた」(歴史学科3年 坂本和希さん)

湯島聖堂の大成殿

大成殿内の孔子像

台湾から寄贈された孔子像

その後訪れた小石川後楽園は中国・明の遺臣であり、儒者であった朱舜水が設計にかかわった旧水戸藩の庭園です。中国の名所をかたどった小廬山や西湖堤を見学しました。
「小石川後楽園の盧山や西湖、渡月橋は見ていて面白かった。得仁堂と円月橋が印象に残った」(歴史学科3年、小池優士さん)

琵琶湖のなかに蓬莱島がある

園内には川もあります

西湖堤 杭州の西湖の蘇堤をかたどる

小盧山 中国江西省の盧山をかたどるという

次に、仏教の現場として、江戸の浄土宗の拠点であり、淑徳学園発祥の地である伝通院に赴き、学祖・長谷川良信先生の墓参りをしました。

伝通院の参道

最後に小石川養生所として江戸の漢方薬学の拠点であった小石川植物園に行き薬草園を見学しました。

小石川養生所の井戸

薬草保存園

約3時間、「東洋思想」の現場を求めて東京を歩きました。そういったフィールドワークはなかなか良い経験だったと思います。
「フィールドワークでたくさん歩き、疲れたが、東京でここまで歩き、多くのことを学び、歴史遺産が密集しているなあと思った」(歴史学科3年 方波見海)
「今回のフィールドワークでは、それぞれの施設が歴史を持っており、東洋思想を基盤とした製作者の考えが反映されている素晴らしい場所ばかりであった」(歴史学科3年 金子久遠さん)

皆さん、こんにちは!歴史学科1年生の橋口です。私たちは12月24日に板橋区立郷土資料館を訪問しました。実を言うと、私はここへの訪問は小学校と中学校以来の3回目となります。

 

さて、資料館を訪問した私たちは、出迎えてくださった職員の方にご案内いただき、2階の講義室において、2人の学芸員の先生方に資料館の概要についてご説明いただきました。

 

この資料館では13人の職員の方々がおられ、休館日である月曜や年末年始といった一部の日を除いて8時45分から17時30分まで勤務されているとのこと。また、お仕事の内容としては、展示以外にも教育普及の一環で講座や見学、地域行事への参加など多岐にわたるそうです。

 

ご説明いただいた後、私達は2班に分かれて館内を見学させていただきました。私の班が最初に向かったのは収蔵庫でした。そこは温度が10度に保たれていました。

 

その後、展示室において、学芸員の先生にご説明いただきました。学芸員の先生によれば、天井の凹凸は資料の搬入の際に危険だから取り払うなど、今年は展示室そのものをリニューアルするということです。この資料館の目玉でもある古民家では石臼やカマドを使った教室が開かれているそうです。

 

見学後、再び講義室に戻って、私達はいくつかの質問をさせていただきました。その中から一つを例にとると、ある学生が「収蔵庫に入りきらない資料はどこに保管しているのですか」と質問しました。それに対して学芸員の先生は「廃校になった学校を区から借りて、そこに保管しています」というお答えをいただきました

 

以上が板橋区立郷土資料館訪問の訪問記です。今回は、普段見ることの出来ないバックヤードや実態についての貴重なお話を伺うことができてとてもためになりました。

 

個人的な感想としては、小・中学校の見学の際には見聞きしなかったことを知ることができ、何だか新鮮な気持ちでお話を聞くことができました。

 

最後に、今回の訪問で解説してくださった学芸員の先生方、そして職員の皆様に厚くお礼申し上げます。本当にありがとうございました。

 

 

「東洋史Ⅰ[中国]」(担当:村松弘一)では中国の歴史を講義しています。127日、この授業のフィールドワークとして泉屋博古館東京分館で開催していた特別展「神々のやどる器―中国青銅器の文様―」を訪問しました。本展は古代中国の殷周時代の青銅器をそのデザインに注目して展示するものでした。事前の授業で青銅器の器の名称の説明、文様についての解説をおこないました。展覧会では、各自解説を読みながら、興味を持った青銅器のスケッチをしました。自分の手でスケッチをすることによって複雑な文様の細かい部分について理解できたと思います。今回の見学をきっかけに文物文様について興味をもった学生も多くいました。以下、参加した学生のみなさんの感想と展示品のスケッチをいくつかご紹介します。


 


<スケッチ>


  


左「鴟鴞尊」(2年・田邉悠成さん)    「虎卣」(4年・鶴田実咲さん) 

 

左「鳥形蓋盉」(2年・牛山恵莉さん)             「円渦文敦」(2年・嶋田桃子さん)     

 

左「父己尊」(3年・棚井正浩さん) 右「鴟鴞尊」(2年・伊地知大河さん)

  

左「鳥文尊」(2年・野澤結奈さん)   「饕餮文觚」(2年・猪野晃希さん)

 

左「鴟鴞卣」(3年・石塚克裕さん)  「鳥蓋瓠壷」(2年・若木絢子さん)

 

左「饕餮文觚」(3年・長谷川友香さん)  右「饕餮文爵」(2年・高橋孝介さん)

 

<感想>

・「尊」には人に育てられていない動物も描かれ、当時の人々にとって自然に生きる動物も重要であったのだろう。(2年・田邉悠成さん)

・私がスケッチした「蟠螭文鉦」は、形はシンプルながらも非常に細かい装飾や文様が施され、完璧にはスケッチすることができなかった。(2年・河野零さん)

・中国青銅器の文様はどれも複雑な構造となっており、私が選んだ「鴟鴞尊」は饕餮文という文様で、左右対称に描くのに苦戦した。(2年・伊地知大河さん)

・青銅器を観察してみると、なぜこれを青銅器で作ったのだろう、なぜ、この動物をかたどったのだろうと思い、見ているだけで時間を忘れるほどであった。(2年・黒川結衣さん)

・展覧会の一般の参観者から「どのようにして、青銅器のこの文様を描いたのか」と質問されたが、そのことはただ文様が複雑ですばらしいとしか思っていなかった私にとって、考えさせられる疑問点となってうかんできた。(2年・野澤結奈さん)

・スケッチを始めると自然と普段よりよく観ようとするため、最初は手のように見えていた犠首の部分も鳥の形をしていることに気づき、文様もよりはっきりと見えるようになった。(3年・横井真莉亜さん)

・スケッチして思ったことは簡単な文様であるはずなのに、書くのに思ったより時間がかかったこと、自分が思っていたよりもうまくかけなかったことだ。(3年・長谷川友香さん)

・「虎卣」の面白い点は、見る角度によって、様々な獣が形作られていることだ。模様やもち手の一部だと思っていたものが、実は獣であったりすることは、見る側からすると大いに楽しむことができた。(4年生・木村庸)

・「斜格乳文簋」をはじめて見て目にとまったのは真ん中のとがった文様と虁龍文である。ほかの青銅器にはみられなかったとがった文様に私は惹かれスケッチしたいと思った(2年・柴山敢太さん)

こんにちは!歴史学科2年の嶋田です。

 

私たちAクラスは品川についてのフィールドワークとして921日と105日にそれぞれ品川区品川歴史館と品川の史跡巡りに行ってきました!

 

品川歴史館では館内の図書室をお借りして品川の資料を調べる班と学芸員の方の説明をいただきながら館内の展示を見て回る班の2つに分かれて交代で作業を行いました。私の班は先に館内の展示を見ました。

常設展示では品川の歴史が壁の一面に年表でまとめられていたり、時代ごとやテーマごとにワークシートが作られていたりと日本史に疎い私にも視覚的にわかりやすくとても楽しんで学ぶことができました。

図書室には品川に関わる資料がたくさんありました。私たちは中世の品川湊について調べていたのですが、他の班の調べているものを見てもやはり港町に関する資料が多かったようです。そんなところからも品川がいかに港町としての歴史を持っているかがわかりますね。

またロビーから展示室までの床に謎の模様があったのですが、それは品川歴史館の下に埋まった遺跡の形を表しているそうです。当時の技術ではそれが精一杯だったため仕方なくこの仕様になったそうで、今だったら床を強化ガラスで作って直接遺跡を観れるようにするとのことですが直接見せず模様で表現されるのは宝の地図みたいでなんだかドキドキしました(笑)

外には綺麗な庭園が広がっていました。天気が良ければお散歩でもしたかったのですが921日は残念ながら雨…館内からちらっと見る程度で終わってしまいました。機会があれば天気のいい日にまた行きたいと思います。

 

105日のフィールドワークではJR田町駅に集合して品川の遺跡や神社を回りました。3時間歩くぞ!ということで気合いっぱいでの集合のはずがJR各線の大幅な遅延とあいにくの雨で集合時点でなぜか疲れが…。どうにも不安を抱えながらのスタートとなりました。しかし雨が多いですね。秋は不安定な季節です。

勝海舟の石碑から始まったフィールドワークですが私が1番印象に残っているのは品川神社です。雨のせいか私たち以外に人はおらず、森田先生を筆頭にクラスみんなで合掌をする姿はとても印象深かったです。鳥居をくぐり結構長い階段を登った先にある神社だったのですが雨だったこともありこれが滑るのなんの…。特に帰りが危なかったです。誰も転ばなくてよかった…。本堂の屋根のデザインがなんとなくハートに見えたので縁結びしてくれるかななどと年頃の女の子らしいことを考えましたが品川神社で祀られているのは天乃比理刀咩命という芸能の女神様だそうです。惜しい!

品川神社自体は海上交通の安全祈願や産業などの守護神を祀るために作られた神社です。まさに港町といった神社だなと思います。

街の各地に品川歴史マップといった遺跡の地図や説明があり、本当に歴史がある街なんだなといった印象を強く受けました。住民の方々もなんとなくかもしれませんが品川宿などの歴史を感じながら生活しているのかもしれませんね。この街で育つ子は自分の故郷の歴史に興味を持ちやすいんだろうなと少し羨ましくも感じました。

港町として栄えた品川の面影は現代にもたくさんありました。御殿山台場跡がそのわかりやすい例だと思います。現在の御殿山台場跡地には小学校と灯台の模型が建てられていますが当時のその場所はそんなに可愛いものではありません。台場とは砲台を設置した要塞のことです。ペリーの来航に焦りを感じた政府が江戸防衛のために作ろうとした台場ですが、その跡地に今こうやって小学校が建っているのはなんだか考えさせられるものがありますね。

大雨のため当初予定していた遺跡全てに行けなかったのが残念でしたがとても有意義な時間となりました。

 

フィールドワークは行っておしまいではありません。まとめまでがフィールドワークです!2回の学習で学んだことをわかりやすくプレゼンテーションできるよう頑張って準備したいと思います。

 

 

…次のフィールドワークは晴れてるといいなあ


こんにちは、人文学部歴史学科2年の田邉尚輝です。12月8日に「八潮子ども夢大学」を行いました。

「八潮子ども夢大学」とは八潮市の小学生が大学の授業を体験するという、八潮市教育委員会が主催している事業の一環です。

リハーサルでは、当日に向けて学芸員課程を履修している学生たちが何回も流れを確認しました。

司会は、開校式は高木くんが小学生に対してインタビューをしたりして小学生と学生たちの緊張をほぐしてくれました。続いて学科長の三宅先生のあいさつのあと児童代表挨拶のときには、小学生が全員立ち上がり元気な挨拶をしてくれました。その後に新撰組の服装をした栗林君による当日のスケジュールを確認後、作業が始まりました。

作業はアート・建物などの7つの項目ごとに班に分かれ、縄文時代から平成までの11時代に写真を古い順に並べる作業をしました。最初は緊張していた小学生と大学生ですか、やっていくにつれて緊張が解けて楽しそうに作業をしていました。

写真を古い順に並べ終わったら大きな空白の年表に貼りに行きました。写真を張り終わったら大学生たちによる説明があり、プリントの空白部分を一生懸命埋めていました。

閉校式では、司会の牛山さんが小学生に感想を聞いた後、児童代表の挨拶があり、続いて太田さんから感想と「歴史を学ぶことを楽しんで欲しい!」と言葉を送り、記念撮影をしました。

八潮子ども夢大学後、小学生たちと学食を食べました。とても楽しそうに話をしながら学食を食べました

今回「八潮子ども夢大学」をやってみて思ったことは、普段は小学生と関わりがないのでどうしたらわかりやすく伝えられるのか・興味を持ってくれるのかなど様々なことを考えながら準備をしました。学芸員課程を履修している学生にとって貴重な経験になりました。

来学していただいた八潮市の皆さん、ありがとうございました。来年も楽しみにしています!

東洋史Ⅱ[朝鮮](担当:村松弘一)の学外講義として、日本民芸館で開催されている「白磁」展を見学しました。
日本民芸館は大正・昭和に生き、民芸運動を率いた柳宗悦が各地で収集した民間工芸品を展示する施設です。今回は柳が朝鮮半島で収集した李朝時代の白磁をテーマとした展示をしていました。柳のいう「用の美」を表すように展示品は李朝の人々が日常生活で使っていた品を見ることができました。当日は日本民芸館学芸員の田代裕一朗さんのギャラリートークに時間をあわせて集合し、展示品にまつわる柳やその周辺の人々の話も拝聴することができました。

日本民芸館入り口にて

田代裕一朗さん(日本民芸館学芸員)の解説


以下、参加した学生のみなさんの感想と展示品のスケッチをいくつかご紹介します。
・白磁といえども真っ白ではなく、青みがかっていたり、少し褐色であったりと様々な白で多くの表情を見せていた(歴史学科3年・墨井励司さん)
・白磁扁壺は小さい形ながらきめの細かさや口の小ささすべてを初めて見たにもかかわらず、一度見たようで庶民的なところにひかれた。(歴史学科4年・白井豪さん)
・李巌の「架鷹図」に興味を持った。インパクトがあり、日本の絵画に似ていると感じた。日本と朝鮮の間の貿易のなかで絵画の交流があったのではないかと思った。(歴史学科2年・秋山京哉さん)
・白磁は私たちにとって身近な縄文土器などとは大きく異なるデザインではあるものの、眺めていると陶酔感に浸れるような独特な美しさを持っており非常に面白かった。(歴史学科2年・久保田空さん)
・なぜ、朝鮮白磁には壺の形をしているものが大半で、その形は時代によって大きく変化しないのかという点は今後も考えていきたい。(歴史学科2年・栗原彩汰さん)
・白磁はとても日常的なものが多く、一つ一つの筆のタッチが繊細できめ細かくできていた、とても美しいと感じた。(教育学部2年・池田洋茂さん)

  

左「白磁壺」(歴史学科3年・墨井励司さん) 右「白磁透彫卍文杯台」(歴史学科2年・高橋孝介さん)

 

 

 左「白磁高脚杯」(歴史学科2年・猪野晃希さん) 右「家形水滴」(歴史学科2年・嶋田桃子さん)

  

 左「梅樹魚介文碗(中国・明清時代)」(歴史学科4年・上田七海さん) 右「架鷹図(朝鮮時代・李巌)」(歴史学科2年・秋山京哉さん) 

(文責:村松弘一)

淑徳祭の翌日、11月26日に東洋史研究Ⅱ[朝鮮](担当:村松弘一)のフィールドワークとして埼玉県日高市の高麗川へ行きました。この授業では中国大陸・朝鮮半島・日本列島の人びとや技術・文化の移動や広がりについて学んでいます。今回のフィールドワークは、古代の朝鮮半島から日本へと来た人びとに焦点をあて、716年に高句麗からの渡来人が集められた武蔵国高麗郡(現在の埼玉県日高市)を踏査し、朝鮮の文化・技術の伝来過程を考えることを目的に実施しました。高麗王若光を祀る高麗神社では神社の保々さんのご説明をいただき、神社の由来や李王家に至るまでの神社ゆかりの人びとのお話、13世紀から続く系図(レプリカ)を見ながらの解説を拝聴しました。また、高麗家住宅でもご説明をいただき、高麗家が江戸時代に至っても地域社会の中心となっていたことがよくわかりました。その後、聖天院・高麗王廟を訪れました。ここは奈良時代に創建された仏教寺院で不動明王と高麗王若光が祀られています。背後の山には朝鮮を建国した檀君や漢字を伝えた王仁などの石像がならんでいました。そこから高麗川沿いに歩いて30分ほどで、高麗川の屈曲部分に造られた巾着田に至りました。巾着田は9月には曼珠沙華の花に覆われるそうです。巾着のようなかたちの屈曲点の西北に堰を造り高麗川を東南に分流させ、巾着の中心部に水を配し、灌漑をする水利システムは朝鮮半島由来とも考えられています。建設時期の検討も含め、渡来人のもたらした技術かどうかは今後も調査が必要でしょう。約6時間にわたる踏査で、日本古代の朝鮮半島からの渡来人が果たした役割について考える良い機会となったと思います。
以下、参加した学生のみなさんの感想をいくつかご紹介します。

・高麗神社は想像していたよりも立派な神社で、境内には神社独特の荘厳な雰囲気が漂っていた。事前の報告会で今でも本当に高麗若光の子孫がいるのか疑問に思っていたが、実際に13世紀以降の系図が残っていること、それは代替わりの際に当主が書いた史料であることなどから、本当に続いているのではないかと思った。(歴史学科2年・久保田空さん)
・事前に調べていた以上に日高市では「高麗郡」を活用した町おこしが盛んで、また、実際に行くことによって知ることのできる朝鮮に関するものもあり、有意義なフィールドワークだった(歴史学科2年・嶋田桃子さん)
・聖天院には在日韓民族慰霊塔があり・・・聖天院は高麗郡の寺として、日韓の架け橋的な存在となっているように思った。(歴史学科2年・野澤結奈さん)
・聖天院の本堂や鐘などは高句麗というよりも日本の寺院にいるようであったが、在日韓民族無縁慰霊塔は異国を感じさせる場所であった。(歴史学科3年・阿部隼浩さん)

 高麗神社の鳥居にて

神社の保々さんからご説明いただく

本堂でお参り 何をお願いしてるのかな

高麗家住宅

保々さん、ありがとうございました。

高麗川のキャラクター トライ君とミライちゃんと写真

聖天院にて 

聖天院から高麗川駅を望む 

ブーツで聖天院の裏山を必死に登る。その先には檀君像がありました。

 巾着田1 高麗川の屈曲部分 

巾着田2 水車

巾着田3 渠水をジャンプ 

高麗川から巾着田の渠水への分水

 以上(文責:村松弘一)

 

考古学実習を受講して

歴史学科3年の今井陽基です。考古学実習の授業が、毎月1回、土曜日の1~5限に集中して行われました。

私は考古学や遺物に興味があるということや、前期の考古学概論の時の質問カードで三宅先生にこの授業のことを教えてもらったので、受講しました。大変な作業も多かったのですが、全体的にはとても楽しかったです。

具体例をあげると、2回目の実測図が特に大変でした。1回目の授業に続き、2回目の授業も最後のところで失敗してしまいました。しかし、この失敗もマイナスなものではなく、失敗したことによって覚えることができたし、技術が身についたと思うのでポジティブに捉えようと思います。

また3回目に写真の撮り方を教えてもらえたことも、良い経験になりました。何より自分が撮った写真を、最後の品評会でみんなに選んでもらえたことが嬉しかったです。

 拓本の採り方など以前学んだことに加え、新しく実測図の描き方や写真の撮り方などを学ぶことができて本当に良かったと思います。この考古学実習という授業で学んだことを忘れずに、4年生での博物館実習に活かそうと思います。

古銭の拓本

実測図を作成する

写真撮影の実習

撮影した写真をパネルに貼る

撮影した写真が一番になりました!

今学期より考古学研究会についてより多くの皆さんに知ってもらおうと思い、『考古学研究会だより』を発行させていただくことになりました。毎学期の終了前にその学期の様子をお知らせしようと思います。今回はトップバッターとして、第三期会長を務めさせていただいています、歴史学科3年の横川が紹介させていただきます。

今号がはじめての『だより』になるので、考古学研究会について少し簡単な説明をします。

考古学研究会は淑徳大学人文学部が創設されて第1期生が入ってきたと同時に三宅先生と1期生の有志が集まり結成されました。現在は3年・6人、2年・1人、1年・9人の計16人で活動しています。加えて4年生の鶴岡先輩も卒業論文の合間にアドバイスをくれたりします。

主な活動としては、拓本・写真撮影・資料整理などの考古学の調査方法の勉強をしています。さらに後でも今期の活動として取り上げさせていただく3年生の研究テーマの調査のお手伝いや、今期から始めた測量の練習もあります。

それでは、今期(2018年度後期)の活動紹介に移りたいと思います。

今期は前期までと同様の土器や骨の拓本・写真撮影と共に会員の一人である、歴史学科3年石塚君の研究テーマが考古学研究会の活動とマッチングしたため、お手伝いをさせていただいています。主に石器の撮影・外形取り・パソコンでのトレース等を石塚君を筆頭に三宅先生ご指導の元、行っております。

また前副会長の鶴岡先輩は卒論完成へ向けて手書きのトレースをしながら様々なアドバイスをいただいています。以下の写真は活動中の様子です。

詳しく知りたい方はぜひ、淑徳大学東京キャンパス7号館地下1階考古学実習室・金曜日午後に活動中の、考古学研究会までお越しください。学年は問いません。高校生の方は、来年3月24日のオープンキャンパスで活動の紹介をしますので、ぜひお越しください。お待ちしています。

 石斧の選別中の様子

トレース中の様子

卒論へ向けて