大学院看護学研究科の最近のブログ記事

 看護学研究科の看護倫理学特論の講義の中で、東京医科歯科大学病院で遺伝カウンセリングを行っている外来師長の小笹由香さんをお招きしました。

「いのちにむきあう高度実践看護」というテーマでご講義いただきました。

☆対象者の自己決定を支援する看護の役割☆

小笹さんの講義では、出生前診断に関する基礎的な知識から、出生前診断が抱える問題点そして、臨床の場で妊婦さんとそのご家族が抱える苦悩と遺伝カウンセリングの実際について大変貴重なお話を伺うことができました。

「本来は、産んでしっかり育てる準備のための検査」であったはずの出生前診断によって派生した妊婦さんとご家族の苦悩に、医療職者としてどのように向き合っていくか・・・

参加者一同、真剣に考えたひと時でした。

小笹さんからは、「看護師の意見に誘導せず、対象者が決めたことを支援することが看護師の役割である」ということを学びました。

小笹さん、忙しい中、貴重なご講義をありがとうございました。

看護学研究科:特別講演会開催!!

看護学研究科では、11月18日(土)に特別講演会が開催されました。

田宮仁先生の講義では、「看取りをめぐる諸問題について(淑徳大学の看護学科だからこそ、伝えたいこと)」をテーマに、我が国における「看取り」の歴史も踏まえてご講演いただきました。

田宮仁先生は、ビハーラという言葉を「仏教を背景としたターミナルケア(終末医療)施設」の呼称として提唱された先生です。

 

講義では、対象者の「苦しみ」に向き合う看護者としての姿勢を問われるような内容でした。

田宮仁先生講義風景

田宮仁先生講義風景2

「痛み」などの症状による「苦しみ」は、もちろん、疼痛緩和などの医療の力をもって処置すれば対処できるであろう。しかし、「死」だけでなく、「病むこと」「老いること」など、人は生きている限り、必ず逃れようのない「苦しみ」に遭遇する。そのような「苦しみ」に直面し、苦しみ惑う人を前に、私たち看護者は、その「苦しみ」そのものを取り除いたり、引き受けたりすることはできない。
なぜなら、その人に訪れる生きるが故の「苦しみ」は、その人自身に与えられた試練であり、その人が真の自分となるためのチャンスでもあるからだ。
『その人が引き受けなければならない「苦しみ」を、その人らしく引き受けていけるように、ケアしていくのが、真の専門家(看護者)ではないだろうか。』という言葉がとても印象的でした。

「いのち」の問題を考える時、それは自分自身の生き方につながっていく。

建学の精神である「利他共生」の理念を軸に、対象者と共に「いのちの問題」に向き合える看護者でありたいと感じました。