2020年3月アーカイブ

東洋史研究Ⅱ(朝鮮)[担当:村松弘一]では古代関東平野の開発にかかわった朝鮮半島からの渡来人の足跡を体感するというフィールドワークをおこなっています。2018年度は埼玉県日高郡の高麗川駅から高麗神社・聖天院を経て巾着田、高麗駅までを踏査しました。昨年の様子は→こちら

今年度は、2019年11月25日に、神奈川県大磯町の高来神社・高麗山まで足を延ばしました。10時半に平塚駅に集合し、大磯駅で解散したのは16時。実に5時間半のフィールドワークでした。走行距離は6km程度でしたが、高麗山の標高は170mもありました。

①高来神社

平塚駅からバスにのり、花水のバス停から歩く。高麗山の東南の麓から高来神社の境内に入る。中世に記された「箱根山縁起」に神功皇后の新羅出兵を示す三韓征伐に勝利した際に、重臣であった武内宿禰が高麗大臣和光を奉ったことがこの高来神社の始まりとある。また、神社でおこなわれる御船祭の木遣りには高句麗の使者の若光が祖国滅亡後に東を目指し、大磯の浦に渡来し、船で上陸してこの高麗の地に住み、大陸の文化を伝えたという文言がある。直接的な史料はないが、高句麗からの渡来人と高来神社、高麗山との関係を考えてもよいでしょう。

高来神社前にて

神社にお願い

②高麗山

高来神社のある高麗山は、丹沢の南、箱根の東に位置し、ここから東は関東平野へと入る。関東の西南の端と言ってよい(埼玉の高麗神社は関東平野の西北に位置する)。まさに、京から東国へやってきた渡来人が、この山を通った可能性は否定できない。170mの山は急峻である。高麗山の山頂に至り、さらに尾根沿いに西へ行くと湘南平があり、そこには展望施設やレストランがある。なお、高麗山は戦国時代に山城として使われ、北条早雲が籠城し、小田原城征伐の際には上杉謙信もここに本陣を置いたという。

男坂は険しい

まだまだ続く高麗山

山頂から高麗山の東を見る。

楽しいお昼ご飯

湘南平にて(湘南の海を背景に)

③楊谷寺横穴墓群・釜口古墳

湘南平から南方向へ高麗山を下りる途中に、無数の横穴があらわれる。楊谷寺横穴群である。およそ50基の墓が発掘され、出土した土器から7世紀前半以降の墓と考えられています。そこから30分ほど歩き下った場所に釜口古墳がある。この古墳は半地下式の切石積の横穴石室で、現在の盛り土は石室をわずかにおおう程度しか残っていない。一般的には7世紀末のこの地域の支配者の墓と考えられています。

楊谷寺横穴墓群

釜口古墳

④大磯海岸

大磯には1885年に日本初の海水浴場が開設されました。西洋医学による健康促進法が導入されたことによるそうです。大磯には伊藤博文や吉田茂、寺内正毅ら歴代首相の邸宅が建てられ、近代史においてもここ大磯は政治的に重要な町でもありました。

大磯海岸で語る

大磯海岸の青春の1ページ

(履修者の感想)

「歴史学科に入学してここまで険しいフィールドワークは初めてであったが、自ら現場を訪れて見て学ぶという座学では得ることのできないような学習を通じて日本と朝鮮の関わり、大磯の歴史について知識を得ることができたと思う」(伊地知大河さん)

「日本の文化は日本の歴史や文化を学ぶだけでは追求しきれないということを学んだ。日本の歴史や文化を深く研究したいのであれば「大陸の歴史や渡来人が伝えた大陸の文化がどのようなものであったのか」「その文化が日本の文化にどのような影響を与えたのか」ということにまで着目して考えなければならないと感じた」(高羽あずささん)

「行き当たりばったりが多かったものの、これぞフィールドワークであると感じることができた」(栗原彩汰さん)

「今回の調査はほかのフィールドワークに比べとても内容の濃いものであった。道中、様々な出来事が発生したこともあったが、それを含めよい時間であった。特に楊谷寺横穴墓と釜口古墳を実際に見学することで座学では学べないことを知ることとなった。」(栗林優斗さん)

「大磯へフィールドワークに行ってみて、自分の住んでいる神奈川県について初めて知ることや学んだことが多くあったと感じている。日本史として残ってる資料や史跡が多いが、朝鮮にもまつわるものがあることを知ることができた」(志村祐治さん)

「事前学習・フィールドワーク・事後学習と長い時間をかけて平塚・大磯について学んだことにより、印象に残る授業となった。大学生活の中でもここまで時間をかけて学んだことはなかった。時間をかけることで、知識として記憶に残るということを発見することができた・・・今回のようにフィールドワークをしっかりと準備し、足を使って調査することは、卒業論文にも活かせると思う」(太田瞳さん)

大学の近所のAEONに行くと、見覚えのある動画が。。。


そうなんです!一昨年制作した表現学科の学生による「食品ロス」を減らそう!と呼びかける動画が流れています。
板橋区から依頼され制作した動画が、今もこうして地域の方のために流されています。大変嬉しいことですね。

 

制作した学生たちは、17日に卒業式を迎え、この東京キャンパスを巣立っていきました。しかし、作品は、これから先も地域のために何年も活躍してくれることでしょう。

卒業式

   317日、卒業式が開催されました。ただ、今年は新型コロナウイルスの影響もあって、教室でゼミごとの卒業証書授与となりました。

 

 講義で使用していた教室で行ったこともあり、雰囲気としては卒業式というよりも普段の講義を受けているかのようでした。しかし、実際に式が進行し、ゼミの先生から卒業証書を授与され、先生の話を聞いているうちに、これでもう最後なのだという実感が湧いてきて、だんだんと寂しさがこみ上げてきました。

 

 そして、本当に最後の最後、一人ひとりが先生やゼミのメンバーに向けて話をしている時には、4年間の思い出が蘇ってきて、思わず涙ぐんでしまう学生もました。


 今年の卒業式は規模を縮小し開催されました。しかし、お世話になった教授や友人に面と向かって直接感謝を伝えることができました。その点で、より特別な卒業式になったと思います。

 学生という立場は終わり、社会人になっていくわけですが、大学生活に限らずこれまで繋いできた『縁』を、これから先もずっと大切にして歩んでいきたいと思っています。



卒業生 有馬慶太

「東洋思想史」(担当:村松弘一)の授業では儒教・道教・仏教からイスラームに至るまでアジアの思想・宗教にスポットを当てて講義をしています。今年は2回にわたって都内フィールドワークをしました。

 ①林氏墓所・山鹿素行墓 2019.11.3

新宿区の牛込柳町駅の近くには林羅山をはじめとする江戸幕府の儒官の林家の墓所があります。普段、見学はできませんが、年に1回東京文化財ウィークに公開され、ボランティアの方の解説を聞くことができます。儒式の墓(もとは墳丘あり、今は木があり)を目にすることができます。林氏墓所から歩いて15分ぐらいの宗参寺に、山鹿流兵学で知られる儒者・山鹿素行の墓があります。こちらは仏式の墓。墓の横には、素行の思想に影響を受けた乃木希典遺愛の梅が移植されています。

林氏墓所前にて

儒式墓地。墳丘はなく、植樹のみ。

ボランティアの方の解説

宗参寺(山鹿素行墓)にて

乃木大将遺愛の梅「春日野」

②東京媽祖廟・東京ジャーミー 2019.12.6

履修者20が新大久保に集合し、まずは、イスラームの一風景として、駅前の小道のハラールの店やモスクが並ぶイスラーム横町を見学。コリアンタウンを抜けて、大久保駅側の「東京媽祖廟」を訪れる。この媽祖廟は2013年に建設された施設で、入口の奥のエレベータで昇り、4階の観音殿、3階の媽祖殿、2階の関帝殿の順番に参拝した。次に新宿駅まで歩き、小田急線で代々木上原の東京ジャーミーへ。ここには昨年度も訪問させていただいた。昨年は椎名誠さんが取材にいらしていたが、今年はNHKラジオ番組の「音の風景」が録音に来ていた。今年も下山茂さんに解説していただいた。女子学生はヒジャブを身に付け入館し、礼拝堂では女性のみが許される2階にものぼっていた。異なる文化を「体感」した一日だっただろう。

東京媽祖廟にて

媽祖像

4年生のみなさん

4階建てビルの階ごとに廟がある

東京ジャーミー礼拝堂前にて

いつも楽しい下山さんの解説

礼拝堂でも下山さんの解説は続く

2階は女性専用。1階では下山さんがNHKの取材を受ける。

(履修学生の感想)

「媽祖廟やジャーミーはこちらが驚くほど、その場所になじんでいたので、正直びっくりした」(嶋田桃子さん)

「日本では神を祀る場は厳かであるべきという考えがあるが、中国では派手に飾る、イスラム教では伝統的な建築方法とともに清潔感のある白を基調としていた」(牛山恵莉さん)

「東洋からの文化・思想は日本独自の形に変化して浸透した場合もあれば、媽祖廟やジャーミーなど大きく変化することなく日本に入ってきた場合もあることがわかった」(榎本茅菜さん)

「女性は布で髪を隠さなければいけないという本格的なイスラム教の施設に入るのは人生で初めてのことだったので、かなり緊張した」(久保田空さん)

「フィールドワークを通じて、異国の文化や宗教などが身近な日本の街並みにうまく溶け込んでいたことを改めて認識した」(斉藤龍さん)

「東洋の思想は消える可能性もあったが、日本においては根付き、現在も何かしらの形で残っている。私たちはそこからさらにさまざまなことを学んでいくことができるだろうと感じた」(野澤結奈さん)

(文責:村松弘一)

歴史学科の東洋史関連の授業(村松弘一担当分)では、東京キャンパスという立地条件を生かしたフィールドワークを実施しています。2019年度は8回にわたって都内の博物館・研究所、東洋史に関連する施設や史蹟を巡りました。このうち博物館へは4回行きました。

①台東区立書道博物館【東洋文化史】2019.6.14 

東洋文化史の授業では甲骨から青銅器・画像石・墓誌、そして書画に至るまで様々な中国の文物の歴史をあつかっています。本年度は中村不折氏(1866-1943)が蒐集した書道史に関わる文化財を展示している書道博物館へ行きました。調査シートごとに学生が情報を整理し、スケッチもおこないます。スケッチを通じて「展示品と対話する」ことにより、時間と空間を越えた「東洋史の学び」につながります。

書道博物館前にて

 

左:文字磚(後漢時代 スケッチ:太田瞳さん) 右:熹平元年瓶(後漢時代 スケッチ:若木絢子さん) 

②東京国立博物館アジアギャラリー【東洋史演習Ⅱ(朝鮮)】2019.621

東洋史演習Ⅱ(朝鮮)では戦前日本の考古学者、関野貞の日誌(朝鮮調査分)を読みつつ、関連する朝鮮考古学の報告書などにあたる授業を展開しています。今年は小倉コレクション等朝鮮考古の資料を多く展示している東博の東洋館へと調査へ行きました。関野日記にも書かれている梁山夫婦墓や平壌貞柏里出土の文物などが展示されており、演習で読んだ100年前の朝鮮半島と現在の東京がつながる学びを体験しました。

東京国立博物館前庭朝鮮文官像前にて

 

左:鬼瓦(慶州四天王寺跡出土 スケッチ:伊地知大河さん) 右:耳飾り(小倉コレクション スケッチ:嶋田桃子さん)  

③東京国立博物館特別展「三国志展」【東洋史演習Ⅰ(中国)】2019.7.12

東洋史演習Ⅰ(中国)では昨年度に続き『三国志』諸葛亮伝を輪読しています。今年は東京国立博物館で三国志に関する文物をあつめた特別展が開催されていましたので、前期の最後にフィールドワークに行きました。魏・呉・蜀それぞれ特徴的な展示品を目にして、「三国時代」への理解が深まりました。

東京国立博物館平成館前にて   

 

左:説唱俑(後漢時代 重慶市出土 スケッチ:田邉悠成さん) 右:銅製食器(後漢時代 河北省出土 スケッチ:高橋孝介さん)

④大倉集古館【東洋史Ⅰ(中国)】2019.10.18

東洋史Ⅰ(中国)の授業では中国史の通史を講義しています。今回は、9月にリニューアルオープンしたばかりのホテルオークラに併設された大倉集古館へ行きました。大倉集古館は明治~昭和期の大倉喜八郎・喜七郎父子によって蒐集された日本・東洋の美術品を展示する施設です。ここでも学生達は個々に興味のある美術品のスケッチをして、中国の歴史と対話しました。

大倉集古館前にて

大倉喜八郎像前にて

 

左:鶴桃図(沈南蘋 清時代 スケッチ:栗原彩汰さん) 右:桃園結義図(江戸時代 スケッチ:佐藤陽太郎さん)

新棟が完成!

   待ちに待った新棟が完成し、2月19日、落慶式が行われました。
   ここ東京キャンパスは、人文学部と短期大学部の学生が学んでいます。
   学生にとっては、昼休みの学食での席確保が悩みの種でした。

   しかし、この度、木目調の資材に囲まれた「森のダイニング」という食堂がガラス張りの一階に完成!400席もあるので、ゆったりとした時間を過ごせそうです。

   また、大きく窓をとった明るい教室、東京スカイツリーが見えるテラス、充実した設備のスタジオなど、学生の学びの環境が、ますます良くなります。