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2020年1月14日、本年度で本学を退職される歴史学科土井進教授の最終講義が行われました。

土井進教授は、歴史学科が設置された2014年4月に本学に着任され、同学科の教職課程を主に担当されてきました。

当日は在学生、教職員を中心に、卒業生も加わり、多くの参加者が最終講義を受講しました。

講義に先立って、歴史学科の三宅学科長から土井教授の紹介。

つづいて土井教授の最終講義が行われました。

タイトルは「大乗仏教哲学に脚跟を定めた人文学部における教員養成の実践的研究」。

大学時代の恩師との出会い、中学校の教員時代、信州大学教授としての教育研究活動にはじまり、

本学に着任されてからの6年間、どのような想いで教職課程を担当してきたのか、

熱心に講義を展開されていました。

 

質疑応答の時間では、在学生から「将来教職を目指す者として、どのような心構えが必要か」などの質問。

土井教授は、これまでの教員経験に照らして、熱のこもった回答をされていました。

その後は記念品の贈呈と最終講義受講者集合写真の撮影。

その後、会場をかえて、土井教授を囲む懇親会が開催されました。

星野学部長による乾盃の挨拶ののち、懇談がはじまり、

参会者は、土井教授との写真撮影や会話に花を咲かせていました。

歴史学科の教職課程の礎を築かれた土井進教授に心からの感謝を申し上げます。 

人文学部歴史学科2年の鳥谷舞奈です。今回私達は「歴史調査実習Ⅱ」のフィールドワークにおいて、新宿へ行ってきました。

 

11月8日(金)

最初に行った場所は、「新宿歴史博物館」です。この博物館では、学芸員の方に新宿の歴史についてご説明していただきました。

私達は、内藤新宿についてを中心に学びました。

新宿は昔、内藤家の下屋敷があったことから「内藤新宿」と呼ばれていました。その後、新宿駅ができたことで、現在の通り「新宿」と呼ばれるようになりました。

また新宿は昔、宿場町でした。主に遊興の場として栄えていました。1718年に一度、幕府からの命により廃駅になるも、1772年には再び栄えていきました。

この博物館では、内藤新宿の宿場町を再現した模型を見ることができました。それ以外にも、旧石器時代から昭和・戦後までの様々な展示がありました。

私達は新宿の歴史について知らないことが多く、学芸員の方から多くのことを学べました。新宿という場所について、改めて知る良い機会となりました。

興味のある方は、実際に行ってみて下さい。

 

2番目に行った先は、「於岩稲荷田宮神社」です。ここは怪談で有名な「四谷怪談」のお岩さんのゆかりの神社です。

ここでは、お岩という女性を祀っています。ご利益は、福を招く・商売繁盛などがあります。

なぜ四谷怪談の題材にされたのかというと、歌舞伎が関係しています。江戸時代後期、歌舞伎の作者が於岩稲荷を題材に歌舞伎を行おうと考えました。

その際、お岩という名前だけを借りたそうです。そこから、四谷怪談は人気となっていきました。

四谷怪談に興味のある方やそうでない方にもおすすめの場所です。新宿に行く機会がありましたら、寄ってみて下さい。

 

最後に行った先は、「四谷須賀神社」です。この神社は、映画『君の名は。』の聖地でもあります。

この神社は、四谷の総鎮守です。敷地内には、三十六歌仙の肖像画がありました。三十六歌仙とは、36人の代表的な歌人のことです。

柿本人麻呂や紀貫之などの人物がいます。また、私達が行った際には酉の市が行われおり、参拝客が多くいました。

先ほど書いたように、ここは映画『君の名は。』の聖地となっている場所です。この神社の階段が映画で使われた場所だそうです。

以上のように、1日目は新宿歴史博物館・於岩稲荷田宮神社・四谷須賀神社の3か所へ行きました。どの場所も初めて行く場所であり、楽しみながら行くことができました。

 

11月15日(金)

2日目は歴史学科2年の松久聖が担当します。私は新宿の熊野神社と淀橋について書いていこうと思います。

今回熊野神社に正式参拝という形で熊野神社に伺いました。正式参拝と言うのは初めての体験で祭祀の方から中野長者伝説のお話を伺い、御神酒を頂いたりととても貴重な体験をさせて頂くことが出来ました。

さて、まずは熊野神社について書いていきます。

十二社熊野神社は室町時代の応永年間に中野長者と呼ばれ鈴木九郎が故郷である紀州の熊野三山より十二所権現をうつし祀ったものとされています。櫛御気野大神・伊邪那美大神が祭神とされています。

 次に中野長者伝説についてです。この鈴木家は、紀州藤代で熊野三山の祠官を務める家柄でありました。

しかし源義経に従ったことで中野の住むようになったとされています。

この時、九郎は総州葛西に馬を売りに行き、この馬が高値で売れたため、仏様の功徳と感謝して、得たお金は全て浅草観音に奉納しました。

家に帰ると黄金に満ち、そこから九郎は「中野長者」と呼ばれるまでになりました。

しかし金銀を財宝を隠そうと人を使って運ばせ際に邪念が生じ手伝ってくれた人達を「淀橋」で亡きものにして行きました。

そして九郎に罰があたります。これが中野長者伝説の大まかな内容です。興味がある方は中野長者伝説と調べてください!

この話を聞いて思ったことはやはり最初はどんなにいい人でも富や権力を持ったら変わってしまうのだと言うことを感じました。

正式参拝の後、神職の方から文化財についてお話をして頂きました。

熊野神社には新宿区指定史跡である十二社の碑や新宿区指定有形文化財の七人役者図絵馬、式三番奉納額他にも沢山の文化財を見させていただくことが出来ました。

また個人的に気になった話は熊野神社には八咫烏が描かれているとされています。八咫烏と言えばサッカーを思い浮かべる人も居るのではないでしょうか。

その事もあり、なでしこジャパンがW杯前に参拝し優勝したとされています。私自身サッカーをやっていた事もありとても気になりました(笑)

このように魅力たっぷりの新宿熊野神社はアクセスも新宿中央公園の中にあります。

とても行きやすい場所なので是非行ってみてはいかがでしょうか?

次に淀橋です。淀橋と聞くとヨドバシカメラを思い浮かべますよね?(笑)

そーなんです!ここの近くで出来たカメラ屋さんだからヨドバシカメラと言う名前になったとされています!

淀橋と言う名前になった由来としては先程お話した中野長者伝説と関わりがあります。

鈴木九郎が淀橋から人を投げて殺した事から「姿見ず橋」と呼ばれるようになりました。

その話を聞いた徳川家光は不吉な話で良くないとし、景色が淀川を思い出させるとして淀橋になったとされています。

数少ない淀橋の名を残す場所だと考えると、感慨深いです。

淀橋は熊野神社からも徒歩で10分ほどなので是非訪れて欲しいです!

 

 

皆さん、こんにちは!淑徳大学歴史学科2年の橋口です!

 

この度、私達は八潮市の小中学生と交流授業――『八潮子ども夢大学「古写真から見える東京の未来を描いてみよう」』を行いました。

私達みんな、誰かにこうして物事を教えるのは初めての経験で、授業が始まった当初は全員の顔に緊張の色が見えました。

 

しかし、司会の二人によるトークやしゅくとくまの登場で本格的に授業が始まる頃にはお互いにリラックスした様子でした。

今回行った授業の内容は、まず村松先生による簡単な講義の後、私たち学生と小中学生でそれぞれグループを作りました。

 

そして、割り当てられた地名の今と昔の写真を比べて、そこから未来のその場所はどうなっているか予想するというものでした。

いざ授業が始まると、お互いに活発な交流が行われました。

 

まず、私達大学生が古写真と現代の写真を見せて、そこがどのような場所なのかを説明しました。それを小中学生の皆さんは熱心に聞いていました。 

そして、それを基にその場所が未来ではどのようになっているのかを想像しました。

 

小中学生の皆さんの想像力は素晴らしく、それでいて大変ユニークな発想が次々と出てきたことに私達は大きな驚きを感じました。

それぞれの班で描いた絵を大きな紙に貼り、私達はそれを班ごとに発表しました。

小中学生の中には恥ずかしがる子もいましたが、そこは私たち学生がフォローすることで支えました。

 

教室にいる全員が晴れやかな顔をして授業が終わると、いよいよ学食でのお昼ご飯です。

甘口でとてもおいしいカレーです。小中学生の皆さんも同じ事を思ったのがその顔に浮かぶ笑顔で分かりました。

 

今回、教えられる立場から教える立場になるという普段とは違った交流授業は私達に新たな感覚をもたらしました。

それは見えた世界の違いであったり、『教える』という事の難しさであったり、これら以外にもたくさんありました。そして、この感覚を私達はいつまでも忘れないでしょう。

 

 

 

こんにちは!淑徳大学人文学部歴史学科の伊藤美咲です。

私たち淑徳大学歴史学科2年生の学芸員課程を選択する学生が、博物館教育論の授業の一環として、2019年11月2日土曜日、八潮子ども夢大学を実施しました。

 

私たち学生は2カ月前から準備をし、大変だったこともありましたが無事この日を迎えることができました。

 

八潮市の児童・保護者・NPOや教育委員会の方々に来ていただき、古写真と現在の写真を見比べて、未来の東京を考えてみようというテーマで淑徳大学の学生と児童を中心に体験授業を行いました。

 

まずは、学科長挨拶や教授から古写真についてのお話をしていただき、学生が授業内容の説明をした後、作業に移りました。

 

作業は班ごとに行い、最初は学生も児童の皆さんも緊張していましたが、作業をしているうちに段々と馴れ、とても楽しそうに作業をしていました。

それぞれが思い描いた東京の姿を絵や文で表現し、模造紙に貼って発表しました。どの班の模造紙もとても良い出来でした。

 勇気を出して発表してくれた子もいて、学生にとっても小学生・中学生の皆にとっても良い体験になったのではないか、と感じました。

 

そして閉校式。全員の協力で八潮子ども夢大学は無事、閉校することができました。

 

しゅくとくまも子どもたちに人気でした!授業が終わると皆で学食に移動し、学食体験をしていただきました。皆おいしそうに食べていました。

 

学生と写真を撮っていた子を見かけ、とても微笑ましい光景だ、と思いました。

 

このような体験をさせていただき、本当にありがたいと思いました。至らない部分もありましたが、参加してくれた子たちの将来を考える踏み台となってくれたらよいと思いました。

皆さんこんにちは!

歴史学科2年の小山です。

 

11月29日に、「介護等体験の報告会」がありました。

これは、介護等体験へ行った三年生の先輩方から、体験へ行った施設の概要や体験で行なったことを、私たち二年生に教えていただくという会でした。

 

まずは土井先生の貴重なお話から始まった報告会。

「報告会」ということで先輩方が壇上にあがり、報告を聞くという形になるのかと勝手に思っていました。しかし実際は、AからEまでのグループを作り2年生と3年生がお見合いのように対面した形で行われました。新鮮で面白かったです(笑)

 

介護等体験は、中学校の教員免許を希望する人は必ずやらなければいけない体験で、「自分も来年やるんだ」と思うと、正直とても不安でした。

しかし、この報告会で自分が疑問に思ったことや不安に思っていることを先輩方に尋ねてみると、先輩方は優しく丁寧に答えてくださいました。

 

ここで、報告会に参加した2年生に3つほど質問をしてみました!

Q1、「介護等体験の報告会で印象に残った話」

Q2、「報告会を受ける前と受けた後で何か変わったか」

Q3、「介護等体験の報告会の感想」の3つです。

今回は、谷村さんと岩瀬くんに答えていただきました。

 

まずは谷村さん。

Q1→自分1人で行動をおこしてしまったら、簡単に責任は取れないから、何をするにも、必ず職員さんに確認をとらなければいけないこと。

Q2→介護等体験のイメージが漠然としていたが、明確なものとなった。

Q3→具体的な話が聞けて良かった。自分がわかっていなかったこと、注意しなければいけないことが多いことをよく学べたと思う。

 

次に岩瀬くん。

Q1→特別支援学校での話が印象に残った。普通の学校と同じようで違うところがあることを再確認できた。

Q2→支援学校、介護施設のイメージが変わった。

Q3→先輩方から貴重なお話を聞くことができた。この報告会で学んだことを活かして、介護等体験に臨みたいとおもう。

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2人にとっても良い経験となったように、私も、もちろん他の2年生もこの会は、自分自身の不安や疑問を解消できる良い経験になったとおもいます!

歴史学科2年の岡村七海子です。私たちは歴史調査実習の授業で、「四谷怪談」に縁ある場所として、9月20、27日に新宿歴史博物館、於岩稲荷、四谷須賀神社、熊野神社、淀橋にフィールドワークに行きました。

その中でも新宿歴史博物館、於岩稲荷、熊野神社について班員に体験記を書いてもらいました。

9月20日

 歴史学科2年の佐藤陽太郎です。

 私は森田教授のレジュメを参考に、内藤新宿についてまとめました。

 関東は徳川家康が江戸入り後、日本政治のアクターとなります。しかし新宿の地は内藤新宿が開設前まで荒地でした。

家康側近の内藤清成が関東入国時に拝領したことから後に内藤新宿となりました。

 古代において関東は「関所の東」という意味でつまり田舎です。関西出身の友人は今でも「関東どこそれ?東夷!」といつも言ってきますが笑。

閑話休題。いずれにせよ現在では想像ができませんよね。

 幕府は元禄11年6月5600両(現在価値に換算⇒約5億円越え)の上納を条件に開設を許可しますが、実際に治められたのは4464両でした笑。

よく踏み倒せたと思います。なぜならあの荻原重秀の絶頂期なので。同時に悪名高い「生類憐みの令」の将軍綱吉の治世です。

 開設理由としては上・下高井戸宿と日本橋間を結ぶためと考えられます。開設後は交通の要所として栄えますがそれ以上に遊郭の場として発展します。

気になる方はお調べください。ここでは大人の理由で省略します。

その後は、火災や時の政権の経済政策(荻原・積極財政→吉宗・緊縮財政→田沼・積極財政→水野・消極財政)により廃止や復活を繰り返します。

 盛り沢山の内藤新宿ですが新宿歴史博物館では旧石器時代から新宿を体験できると思います。

 

歴史学科2年の小山楓です。私は新宿歴史博物館について書きたいと思います。

新宿歴史博物館では、新宿の地下から発掘された旧石器時代の物から戦後、平成への移り変わりがわかる展示がされています。

それらの展示は遺物やパネルでの紹介があるだけでなく、当時の人達の暮らしを再現した住宅もありました。

この住宅は写真の撮影が許可されていて記念写真を撮ることもできます。

また、音声での説明や、当時の映像資料とともにわかりやすい説明があり、昔の新宿を知ることができるようになっています。

私のおすすめの展示は、「キネマの楽しみ」というものです。

大正から昭和にかけての映画についての展示なのですが、当時の映画も少し観ることができるので、新宿歴史博物館に行かれた際は、ぜひ鑑賞してみてください!

 

歴史学科2年の岩瀬です。私がお話するのは、新宿区にある於岩稲荷田宮神社です。

『東海道四谷怪談』に登場する「お岩様」を祀る神社として有名ですが、現在でも多くの参拝客が駆け寄っています。

向かいには陽運寺というお寺があるのですが、こちらもお岩様と縁のあるお寺です!

というのも、このお寺の境内には、お岩様の祠があったとされる秦山木があり、お岩様の立像も奉祀されています!厄除けやご縁事などに通ずることもあり、こちらも参拝する方が多くいます。

新宿区という大都会に、細い路地の裏にひっそり佇む2つの寺社は、いつも見るものとはまた違った雰囲気を味わうことが出来ます。

 

9月27日

歴史学科2年の泉海斗です。私は新宿の熊野神社について書きたいと思います。

今回神社では正式参拝ということで、スーツを着ての参拝となりました。

正式参拝は、テレビや写真でしか見た事がなかった上に、話でしか聞いた事がなかった御神酒を実際に飲ませて頂くなど、貴重な体験が多くできました。

さて、熊野神社は都内でも緑が多く残る神社ではありますが、この地には十二社池と呼ばれていた池がありました。

この池は1600年代に近隣の農業用水のための溜池として作られ、滝があることもあり江戸の景勝地として栄えました。大池と小池の2つがあり、どちらも戦中までに埋め立てられてしまいましたが、十二社池の名前のみが現在も地名として残っています。

このように、かつてその土地にあったものが地名として残っている例はたくさんあります。興味があったら、探してみてはいかがでしょうか?

 

歴史学科2年の久保池晋吾です。泉さんに引き続き熊野神社を紹介したいと思います。

私たちは正式参拝後、熊野神社の文化財について教えていただきました。境内には多くの新宿区指定有形文化財があります。

その中の1つ「七人役者図絵馬」は江戸中期に活躍した一筆斎文調によって描かれました。

この絵馬には、江戸時代の市村座で人気を博した七人の歌舞伎役者と十二支の動物が描かれています。

また、縦136㎝、横180㎝と大きく、現物が飾られているので歴史を感じることができます。

熊野神社は全国各地にありますが、どれも社紋に八咫烏が描かれています。

八咫烏といえば、サッカー日本代表のシンボルと思い浮かべる人が多いでしょう。

そのため、多くのサッカー関係者が参拝に来ます。その中の1人、元女子サッカー日本代表の澤穂希選手は新宿の熊野神社に来ていました。

2011年の女子サッカーW杯で日本出国前にここで参拝し、そして見事に優勝しました。その後、大事な試合の前に参拝するようになったそうです。

勝負事がある時、戦勝祈願で参拝してはいかがでしょうか。

 

 いかがでしたでしょうか。気になった場所があれば、少し調べてから行くと、一段階違う視点で楽しめるかもしれませんね。今

回のフィールドワーク先は、最寄り駅からアクセスしやすいので、ぜひ訪れてみてください!


 

みなさんこんにちは!

人文学部歴史学科3年の森田ゼミです。

私たちは、9月3日~5日にかけて滋賀、大阪、京都でゼミ合宿を行いました。

 

こんにちは。森田ゼミ3年の髙橋駿です。

初日は滋賀県大津市のホテルへ13時に現地集合し、その後大津駅から草津駅まで電車で草津駅からバスで約50分かけて滋賀県立琵琶湖博物館へ行きました。

琵琶湖博物館は400万年前から現在までの琵琶湖の歴史、琵琶湖と人々の歴史、琵琶湖に生息する生き物などの展示があり、琵琶湖について理解を深めることができました。

また、琵琶湖博物館では、「びわ博ナビ」という無料音声ガイドがあり、より琵琶湖博物館を楽しめるようになっていました。琵琶湖はとても広かったです。

 

こんにちは。ゼミ合宿2日目午前中のブログを担当します立石です。

森田ゼミ合宿の2日目午前中は、大阪城と大阪歴史博物館の二か所に行ってきました。

大阪城では、城の内部に豊臣秀吉や大阪の陣などの展示がされています。さすが有名観光名所、外国からの観光客などたくさんの人で賑わっていました。

天気が良かったので、展望台から見える大阪の街は絶景でした。

大阪歴史博物館も見学したのですが、時間の関係であまり見ることができませんでした。

しかし、森田先生一押しの展示である、難波宮の再現映像と映像が終わると現在の難波宮跡を見ることができるのがすごいと感じました。

文章であまり表現できないですが、あれは見て損はないと思います。どんなものなのか気になった人は、見に行ってみてはいかがでしょうか。

 

こんにちは。人文学部歴史学科3年森田ゼミの河野零です。

2日目の午後、私たちは大阪府堺市堺区の大仙古墳に訪れました。

大仙古墳は日本最大の前方後円墳で、世界遺産に登録された、百舌鳥・古市古墳群の一部となっています。

前方後円墳と呼ばれる丸い円墳と四角い方墳を組み合わせた形になっています。

仁徳天皇の陵墓とされ、現在は宮内庁が管理しています。

 

私たちが大仙古墳に訪れた際にも宮内庁の人と思われる人を数人見かけました。

しかし、以前は管理がゆるかったらしくよく堀で釣りをしていたとガイドの方が説明してくれました。

大仙古墳は全長が約486メートルと非常に大きく地上から見ると山か森にしか見えないほどでした。

古代の人々がこれだけ大規模な古墳を造れたことに驚きながら古代の日本に思いをはせました。

 

大仙古墳を見たあとは、堺市博物館に行きました。堺市博物館では堺市の歴史を学ぶことができます。

古墳の造営が栄えた古代から貿易や産業が栄えた中世、近世・近代まで見ることができます。とくに堺鉄砲の展示が非常に見ごたえがありました。

 

夕食はみんなで大阪駅付近で牛カツを食べました。自分は生まれてはじめて牛カツを食べましたがとてもおいしくて驚きました。

こうしてゼミ合宿2日目は無事終了しました。

 

こんにちは、3日目を担当するトゥキーこと鴇田晴哉です。

3日目の午前中は二条城へ行きました。

 

チケットを購入して案内版に従って歩いていくと豪華絢爛!重要文化財の唐門が目の前に!やっぱり昔の人達はセンスがイイですよね。

門のデザインといい、どの部分に装飾を施せばいいのか分かってらっしゃる。

 

僕だったらもし建築の基本や技術を知っていたとしても、構成図を考えるだけで一向に作業が進みません。

 

次に国宝二の丸御殿に入場。力強い虎や松にとまった鷹などの描かれた黄金の襖に圧倒されながら廊下を歩いていると、足下から鳥の鳴き声が…..。

実はこの廊下、うぐいす張りといって歩くと人の重みで床がきしんで音が出るしくみになっていることから、誰かが廊下を歩くと音でわかってしまうのです。

 

最後は、私田中朋也が締めさせていただきます。

私たちは、午前中に二条城を見学し終わると、地下鉄に乗り京都駅へ向かいました。

 

伊勢丹で各自、昼食を食べ、集合し、伏見稲荷大社に向かうために電車で稲荷駅に向かいました。

駅に着きを出ると、大きな鳥居がありました。大きな鳥居をくぐり、手水舎で手を洗い、楼門をくぐり、本殿にて各自でお参りしました。その後、千本鳥居をくぐり奥社奉拝所に行きました。

 

それから、裏表参道商店街を経由して、京都駅に戻り解散しました。

 

私の感想として、2つあります。

1つ目は、京都では外国人や観光客などが多く、今もなお日本の文化を発信していると考察しました。

 

2つ目は、私なりのゼミ合宿の総括として、今回は時間の都合上などで行けなかった場所などが多々ありましたが、実際に見て感じることにより多くことを学べただけなく、ゼミのチームワークなども深められたゼミ合宿でした。


 

歴史学科では、将来教職を目指す学生が、教職サークルを立ち上げ、日々奮闘しています。

後学期からは6期生が入塾しました。以下は、初めて授業をすることとなった1年次生のレポートです。

 

はじめまして!歴史学科1年渡辺里菜です。

 

私は1029日に、教職サークルの師道塾ではじめての模擬授業を行いました。

 

内容は〈鎖国政策〉について。

模擬授業をするのは初めての経験です。


何もわからないまま、1ヶ月ほど前に板書案、プリント案を自分1人で作成してみました。

それを師道塾の先輩に見せてアドバイスをもらい、改善するということを繰り返しました。


その間に、同級生の前で模擬授業の練習を2.3回行いました。

そして、発表の2週間ほど前には、板書案とプリント案を作成(それぞれ3回ずつ直しました)。

何人かの先輩の前で練習をするなどして授業を作っていきました。



 

板書内容、授業で話したいことを頭に入れて本番の模擬授業をしました。


相当な時間と労力を使い事前準備をしましたが、いざ模擬授業をすると、思い通りにいきません。

自分の中では100点満点中10点もつけられないような授業でした。


用意していた発問を2問も飛ばし、教室を広く使えず、早口で話してしまいました。

大勢の人の目の前に立ち授業をすることが、こんなにも難しいのかと改めて思いました。




反省点が目立つ授業ではありましたが、その反面、笑顔で授業を進行できたことや黒板に字を書く速さなど、良い面にも気がつくことができました。

そして、改めて教師になりたいと強く思いました。

 

自分では納得がいかない初めての模擬授業でしたが、師道塾で学び必ず「面白くて分かりやすい授業」を展開できる教師になりたいです。

 

指導してくださった先輩方、田中先生 ありがとうございました!!!

みなさんこんにちは!

歴史学科田中ゼミの3年ゼミ長・牛山恵莉です。


私たち田中ゼミは830日から93日の45日で石川県を訪れました。

 

石川県といえばまず金沢!と言いたいところですが、私たちゼミ生はまず4日間を石川県の能登半島、輪島市にある曹洞宗大本山總持寺祖院にて過ごしました。


總持寺祖院では、古文書の読解や整理を田中先生や淑徳大学客員教授の圭室文雄先生、また様々な大学の先生方や、地元の方が行なっており、その調査に加わりました。


1日目は先生にたくさん質問をしながらそれぞれ古文書を読みました。

大学でも古文書を読む講義や勉強会に参加しましたが、本物の古文書は読むことがとても難しく、虫損(虫食いでボロボロ!)で封筒から出すのもドキドキしました


 


2日目と3日目の午前は封筒に入った古文書を分類ごとに分けた後、年代順で並べました。

広い畳の部屋での作業は大変でしたが楽しかったです!

 

そして3日目の午後と4日目の午前中には古文書の目録を書きました。

ひたすらえんぴつを持ち、書き続けることに。腱鞘炎手前です。




お寺では3泊の宿泊でした。とても綺麗な建物で、夜は近くの温泉へ。

お寺でのご飯は朝ごはんがおかゆだったり、お肉の代わりにお麩だったりと、かなりヘルシーな食事をしました。

 

普段経験することができない古文書調査に少しでも関わることができ、良い経験になりました。

来年のゼミ生も頑張ってくださいね!(早寝早起き、規則正しい食生活でとっても健康的です)


 


そして4日目の午後から金沢へ!

金沢に到着後、ゼミのみんなでご飯に行きました!

ちょっとお店はイマイチでしたが、久しぶりにゼミのメンバーと田中先生で飲みました!


 


最終日はそれぞれ金沢観光を楽しみました!




私たち女子3人組は金沢城兼六園ひがし茶屋街近江町市場金沢駅と短時間で名所をせわしなく巡りました!


兼六園は豊かな緑と大きな池の風景がとても素敵でした。

お昼には近江町市場でお寿司を食べました。のどぐろおススメです…!

 

普段経験できない古文書整理や、初めての金沢観光ができ、とても楽しい5日間でした!

みなさんもぜひ、石川を訪れてみてください!

總持寺祖院に皆様には、感謝の気持ちで一杯です。

ありがとうございました。

前学期開設科目の人間理解講座(思想・民俗・宗教)[担当:村松弘一]では、講義と並行して、大学生向けの「アジア海外研修旅行」の企画を立案するというグループワークをおこないました。7月29日の授業最終回には、ブースに分かれて、研修旅行のプレゼンテーションをおこない、ルーブリックに基づく評価表で相互評価をしました。今回は特別に学生相互だけではなく、旅行業者のプロに評価・講評をいただく機会を設けることにしました。中国のみならず中央アジア・東南アジアなどの企画旅行を広く実施されている日中平和観光株式会社の今井絵美さんにお越しいただきました。今井さんは、かつて、授業担当者の村松と一緒にアジアへの海外研修プログラムを企画・実施し、6年間で約300名の学生を海外に派遣した、まさに「同志」です。

 表現学科・歴史学科の70名の学生が全12チームにわかれ、東アジア(中国・韓国・モンゴル)、東南アジア、南アジア(インド・ネパール)、西アジア、エジプトの各地を訪問する海外研修を企画しました。プログラムには日本国内での事前研修・事後研修も含めるように企画し、プレゼンの前には実際に関連する博物館やレストランに行ってもらいました。

 

 学生の相互評価の結果は以下の通りでした。単なる海外旅行ではなく、大学生のための海外研修という観点から、しっかりと計画を立て、行きたくなるようなプレゼンテーションをしたチームが上位に入りました。

1位 大東亜チーム(歴史学科)「西アジア古代都市研修旅行(イラン・イラク・シリア・イスラエル)」

2位 チーム夢庵(表現学科)   「東南アジア研修旅行(インドネシア・シンガポール・ヴェトナム)」

3位 チーム天然水(表現学科)「シルクロード海外研修(中国西部・モンゴル)」

 

 その後、特別審査員の今井さんの講評があり、行ったことのない海外での旅行計画を立て、さらに研修内容を充実させようと考えることは大変だったと思いますが、みなさん、よく考えていました。いろいろ組み込みすぎて、旅費はかなり高くなってしまったので、そこは旅行商品として販売する場合はもっと考えなければいけない、などのご意見をいただきました。また、プレゼンテーションをした学生のなかには、是非、旅行業界に入って活躍して欲しいなと思う人もいたとのことです。学生達にとっては社会人と接する貴重な機会になったと思います。もしかしたら、将来、今回学生達が企画した研修旅行が実際に日中平和観光の商品になっているかもしれません。

淑徳大学では、人文学部での学びが、将来、社会に生きる学生たちのために活かされればと思いながら、効果的なカリキュラムを考え続けています。

  熱弁を振るう大東亜チームの横田君

みんな一生懸命発表に聞き入っている

説明する方波海君(大東亜チーム)

楽しくプレゼンを聞く

今井さんのご講評

 

文責:村松弘一

歴史学科2019年度前期の導入科目「歴史学入門」(担当:村松弘一)では、歴史学の方法や史料を紹介する講義(座学)と並行して「歴史」を自ら学び、考えることを目標に、2週間に一度「歴史エッセー」を提出してもらったり、グループで「歴史パンフレット」を作成してもらったするアクティブラーニングを通じて、楽しみながら「歴史学」を学びました。


歴史エッセーは自分の身の回りのモノや事象を題材にその歴史と現在を自由に書いてみるという課題です。学生のみなさんは前期中に5つの作品を提出し、614日には相互に作品を評価し、「歴史エッセー大賞」を決定しました。第一回の昨年は岩瀬君(現2年生)が「ペット飲料の歴史」で大賞を獲得しました。第二回の本年度は以下の6名が予選を勝ち抜き、ファイナリストに残りました。

吉原葵さん  「フグの歴史」

宮山朱理さん 「ピアノの歴史」

間宮直樹さん 「罠の歴史」

平子健士郎さん「浅間義雄という人物」

近藤江李子さん「付箋の歴史について」

奥雲拓徳さん 「ペットボトルの歴史」

各3分ずつ作品を紹介して、ルーブリックに基づく評価表で60人全員が投票しました。投票の結果、吉原葵さんの「フグの歴史」が大賞を獲得しました。中国の『山海経』から日本の縄文時代、平安時代の事例、豊臣秀吉の「河豚食禁止令」、そして明治時代の伊藤博文とフグ食解禁までをまとめ、「現代の私たちがフグを安心して食べることができるのは先人たちのチャレンジ精神というものがあった」のだとまとめています。フグの毒をめぐる人々の歴史をわかりやすく書いたエッセーはみんなの心に残ったことでしょう。

「歴史」を学ぶということは、「人間の生き方」を楽しむこと、歴史エッセーを書くことで学生のみなさんはそんなふうに考えてくれたのではないかと思います。

 <予選のようす>

 <ファイナル 優勝した吉原さんの発表>


「歴史学入門」の後半はグループワークによる「東武東上線沿線歴史パンフレット」の作成をしました。池袋から成増まで10駅のグループに分けて、各駅周辺の史蹟や遺跡・建物、さらには商店街の歴史や老舗の食堂・甘味処を紹介するパンフレットを作りました。淑徳生がいつも乗っている東武東上線を「歴史学」の視点から情報発信する方法を身に付ける。古い写真と今の風景の比較やお店の方のインタビュー(オーラルヒストリー)といった、文献史料だけでなく、複数の歴史情報を収集し、まとめるトレーニングです。726日にはプレゼンテーション大会をおこない、ルーブリックに基づく評価表で相互評価をしました。その結果、「ときわ台駅」グループ(柳沢颯人・山下怜司・吉原葵・渡邊魁崇・渡辺里菜・秋葉大和)がみごと優勝しました。この企画は二年目で、昨年よりもさらによいものができたと思います。ただ、まだまだ「ホンモノ」のパンフレットにはなっていません。もっとバージョンアップして東上線とのコラボレーションができたら、「歴史学」で学んだことを社会に活かす経験になるだろうなと思っています。


後学期も歴史学科一年生の学びは続きます。


東上線歴史パンフレットで優勝した「ときわ台チーム」のパンフレット