歴史学科の最近のブログ記事

「歴史学入門」の授業では毎年、学生相互の投票による「歴史エッセー」大賞を実施しています。一昨年、昨年は学生達がひとつの教室にあつまり予選・決勝をおこなってきましたが、今年はコロナウィルス感染症拡大防止のためZoomによるリアルタイムweb授業で実現させました。決戦は5月11日。5名のファイナリストによる決勝プレゼンテーションと投票をおこないました。今年のファイナリストとテーマは以下のとおり。

・秋田 夢羽さん「自動販売機の歴史」

・磯部 拓人さん「自撮りの進化」

・大木 優輝さん「世界一売れなかったゲーム機の歴史」

・春山さくらさん「不死身の男」

・竜見 宙夢さん「125年前に感染拡大を食い止めた男」

・岸 由希也さん「日本人とオタク」

Zoomの画面を通じてのプレゼンテーションはみんな初体験で大変そうでしたが、みなさんわかりやすい、すばらしい発表でした。自動販売機・自撮り・ゲーム・オタクといった身近で現代的なテーマの歴史を掘り下げたもの、近代日本の歴史を生き抜いた「不死身の男」の話、そして、現在私たちが最も関心を寄せている疫病対策を125年前の後藤新平の対応から学ぶというものまで、実に面白く、また、それぞれの思いがのせられたエッセーでした。

 プレゼンテーション終了後にすぐにGoogle Formで作成したアンケートに投票し、みごと今年の歴史学入門「歴史エッセー」大賞に輝いたのは!!!!「自動販売機の歴史」を発表した秋田夢羽さんでした。おめでとうございます!!Zoomの画面を通じて、祝福の拍手と歓声が鳴り響きました!!

まだ、みんな画面の中でしか会ったことはありませんが、歴史学科ではクラスアワーなど新入生が交流する機会を、制約があるなかでもつくっています。はやく、みなさん、「教室」に集合したいですね!!

2019年度「歴史学入門」歴史エッセー大賞のブログ記事

2018年度「歴史学入門」歴史エッセー大賞のブログ記事

Zoom画面を通じてプレゼンテーションがおこなわれました。

優勝した秋田夢羽さんのプレゼン場面!!おめでとうございました!!

※歴史学入門は本年度から歴史学科の教員6名によるオムニバス形式の授業としておこなわれています。

(文責:歴史学科・村松弘一)

 

 

大学の授業開始が4月20日(対面授業は5月11日~予定)となりました。歴史学科東洋史コースの村松ゼミでは春休みに新3・4年生研究合宿ゼミをおこなっていますが、今年は中止。そこで、本来なら授業が始まっているはずの4月6日にZoomというオンライン会議ツールを利用して遠隔キックオフゼミを実施しました。教員と学生あわせて13名が自宅からアクセス。3・4年生の自己紹介を兼ねて全員5分~10分の研究発表をおこないました。2時間にわたるゼミの間、意外に発表の声はよく聞こえ、画面にうつる学生達は、誰も眠らずに同級生の研究計画や先輩の史料整理状況を真面目に聞いていました。研究テーマは中国古代の墓誌・鏡・玉器・刀剣・蠱毒・儒教から元寇、タイ近代化、ガンジー、アヘン戦争、チャイナドレス、中華料理の誕生まで東洋史ならではのバラエティに富む飽きさせない内容でした。少人数のゼミ形式の授業ならこのようなリアルタイム授業のツールは有効のように思いました。

<学生の授業方法についての感想>

音声が遅くなったり途切れたりしましたが、レジュメがあるのでこのままで大丈夫だと思います。(岡戸樹さん)
チャット機能(プライバシーでグループ内の個人だけに送ることも可)を授業中に活用するのもよいかもしれません。(栗原彩汰さん)
私のインターネット回線が悪いのか皆そうなのかわかりませんが音声が聞こえにくいことが多々ありました。画面は問題なかったので今後もレジュメだけでなく連絡事項や重要事項は文字で共有していただけると助かります。(嶋田桃子さん)
タイムラグはほとんどなく、画像サイズや画質も大丈夫でした。(佐々木洋人さん)
レジュメの文字が黒色で、時々重要なのはどこなのか分からなくなります。重要なことはレジュメの文字をカラーにしたほうがよいかと思います。(山本怜史さん)
自宅にいながら学生達の近況確認、研究状況がわかります。
画像共有であらかじめ提出してもらったレジュメをみながら発表をききます。画面右側の学生の表情を見ながら発表の理解状況も把握できます。
(文責:歴史学科 村松弘一)

歴史学科東洋史コースの村松ゼミでは2018年に引き続き(2018年度の旅はこちら)、2019年も8月26日から9月1日の一週間にわたる中国大陸でのフィールドワーク「海外歴史研修(中国)」(ゼミ合宿)を実施しました。2019年度は古代中国の二大古都である洛陽と西安を踏査しました。洛陽では世界遺産の「龍門石窟」、後漢時代の光武帝陵や白馬寺、そして黄河を実見。その後、高速鉄道で西安まで3時間。古都長安(西安)では秦代から唐代までの遺跡を訪れ、中国の経済発展のなかでその遺跡保護の状況がどのように変化したのかを現地の人々の話を聞きながら、体感しました。秦代は秦の始皇帝陵・兵馬俑博物館・阿房宮、前漢代は長安未央宮、唐代は長安大明宮・曲江池・大雁塔・碑林と中国の歴史が凝縮された研修となりました。(なお、この研修にはゼミ生のほか、どうしても私たちと一緒に古代中国を体験したいという聖心女子大学・学習院大学の学生も参加しました。合計8名) 

<参加学生の感想>

中国の遺跡、特に宮殿跡は日本とは比べものにならないくらい広大でその広さに圧倒されました。私は龍門石窟と碑林に行くのが楽しみで、龍門石窟を実際に見て回ることができて疲れはしたけどとてもいい経験をすることができました。碑林では、私の研究テーマである墓誌が触れる状態で並んでおり、顔真卿や欧陽詢の書いた墓誌や有名な碑が数多くあったのでとても見応えがありました。中国語が全くわからない状態での留学でしたが、マックで英語を使い朝食を注文したことがとても印象に残っています。(久保田空さん)

初日に行った龍門石窟という北魏以降400年以上かけて作られた石窟寺院がとても印象的でした!沢山掘られた穴の1つ1つにしっかり仏像が入っている様子は圧巻です。SNS映えするピース仏像もありました。おススメです。(嶋田桃子さん)

世界遺産「龍門石窟」にて(洛陽)

嶋田さんオススメ。ピースする?仏像(洛陽)

後漢王朝を築いた光武帝(劉秀)の陵墓(洛陽)

後漢時代創建の白馬寺の塔(洛陽)

黄河のほとりにて。(洛陽)

秦の始皇帝陵にて。兵馬俑博物館にはお客さんがいっぱいいたが、お墓の前にはほとどんど参加者はいない。(西安)

秦の兵馬俑博物館前にて張衛星さん(副館長)と記念写真(西安)

兵馬俑と「はいチーズ!」。近年、発掘作業が再開された。人多すぎ。(西安)

阿房宮前殿遺跡前にて。10年前には前殿遺跡の上に二つの村があったが、いまや村はない。遺跡保護が優先されている。(西安)

前漢時代の長安未央宮前殿遺跡。ここが漢王朝の政治の舞台。(西安)

唐長安大明宮含元殿遺跡前にて。10年前はスラム街だった。遺跡保護のため、旧住民は周辺の高級マンションに移住。(西安)

お約束?の三蔵法師ゆかりの大雁塔。今年も最上階(7階)まで昇りました。(西安)

唐長安の東南に位置する曲江池。20年前には農村風景が広がり、池は消滅していたが、今では復元された池のまわりに高級マンションが建ち並ぶ。(西安)

碑林博物館。顔真卿ら有名な書家の石碑がならんでいる。(西安)

西安名物「羊肉パオモ」(モというパンを自分でちぎって羊スープで煮込んだ料理)。はじめてのパンちぎりに作戦苦闘。1時間かけていた学生も。好吃(うまい)!(西安)

(文責:村松弘一)

「東洋史Ⅱ(朝鮮)」(担当:村松)の授業では、古代から現代にいたるまでの朝鮮半島の歴史を講義しています。この授業では、2019年11月29日にフィールドワークとして学習院大学東洋文化研究所で史料を見せていただきました。当日は研究所の助教(当時)の鈴木舞さんの協力を得て、「広開土王碑拓本」(東洋史学者の白鳥庫吉が購入した可能性あり)や朝鮮史研究者の末松保和先生が蒐集した古代朝鮮の金石拓本類や新羅村落文書(写真)、さらに、朝鮮総督府関係資料である友邦文庫や東洋文化研究所で刊行した李朝実録など朝鮮史全体を俯瞰できるような様々な史料を目にしました。また、モンゴル関係の「磯野文庫」、イスラーム関係の「東亜経済調査局資料」、澤口文庫の漢籍など「東洋史」の資料を見る機会となりました。この東洋文化研究所は担当教員の村松が9年間在職し、資料調査や研究に従事した場所で、こうして学生のみなさんの教育にも活かすことができて本当にうれしいです。(文責:村松弘一)

広開土王碑のこの欠けた部分なんて書いてあるんだ?(阿部君)

5mの拓本を丁寧にたたむのは大変だ(横尾つくしさん)

ふむふむ、これは「新羅村落文書」ですね(周君)

研究所で記念撮影!!東文研ありがとうございました。

東洋史研究Ⅱ(朝鮮)[担当:村松弘一]では古代関東平野の開発にかかわった朝鮮半島からの渡来人の足跡を体感するというフィールドワークをおこなっています。2018年度は埼玉県日高郡の高麗川駅から高麗神社・聖天院を経て巾着田、高麗駅までを踏査しました。昨年の様子は→こちら

今年度は、2019年11月25日に、神奈川県大磯町の高来神社・高麗山まで足を延ばしました。10時半に平塚駅に集合し、大磯駅で解散したのは16時。実に5時間半のフィールドワークでした。走行距離は6km程度でしたが、高麗山の標高は170mもありました。

①高来神社

平塚駅からバスにのり、花水のバス停から歩く。高麗山の東南の麓から高来神社の境内に入る。中世に記された「箱根山縁起」に神功皇后の新羅出兵を示す三韓征伐に勝利した際に、重臣であった武内宿禰が高麗大臣和光を奉ったことがこの高来神社の始まりとある。また、神社でおこなわれる御船祭の木遣りには高句麗の使者の若光が祖国滅亡後に東を目指し、大磯の浦に渡来し、船で上陸してこの高麗の地に住み、大陸の文化を伝えたという文言がある。直接的な史料はないが、高句麗からの渡来人と高来神社、高麗山との関係を考えてもよいでしょう。

高来神社前にて

神社にお願い

②高麗山

高来神社のある高麗山は、丹沢の南、箱根の東に位置し、ここから東は関東平野へと入る。関東の西南の端と言ってよい(埼玉の高麗神社は関東平野の西北に位置する)。まさに、京から東国へやってきた渡来人が、この山を通った可能性は否定できない。170mの山は急峻である。高麗山の山頂に至り、さらに尾根沿いに西へ行くと湘南平があり、そこには展望施設やレストランがある。なお、高麗山は戦国時代に山城として使われ、北条早雲が籠城し、小田原城征伐の際には上杉謙信もここに本陣を置いたという。

男坂は険しい

まだまだ続く高麗山

山頂から高麗山の東を見る。

楽しいお昼ご飯

湘南平にて(湘南の海を背景に)

③楊谷寺横穴墓群・釜口古墳

湘南平から南方向へ高麗山を下りる途中に、無数の横穴があらわれる。楊谷寺横穴群である。およそ50基の墓が発掘され、出土した土器から7世紀前半以降の墓と考えられています。そこから30分ほど歩き下った場所に釜口古墳がある。この古墳は半地下式の切石積の横穴石室で、現在の盛り土は石室をわずかにおおう程度しか残っていない。一般的には7世紀末のこの地域の支配者の墓と考えられています。

楊谷寺横穴墓群

釜口古墳

④大磯海岸

大磯には1885年に日本初の海水浴場が開設されました。西洋医学による健康促進法が導入されたことによるそうです。大磯には伊藤博文や吉田茂、寺内正毅ら歴代首相の邸宅が建てられ、近代史においてもここ大磯は政治的に重要な町でもありました。

大磯海岸で語る

大磯海岸の青春の1ページ

(履修者の感想)

「歴史学科に入学してここまで険しいフィールドワークは初めてであったが、自ら現場を訪れて見て学ぶという座学では得ることのできないような学習を通じて日本と朝鮮の関わり、大磯の歴史について知識を得ることができたと思う」(伊地知大河さん)

「日本の文化は日本の歴史や文化を学ぶだけでは追求しきれないということを学んだ。日本の歴史や文化を深く研究したいのであれば「大陸の歴史や渡来人が伝えた大陸の文化がどのようなものであったのか」「その文化が日本の文化にどのような影響を与えたのか」ということにまで着目して考えなければならないと感じた」(高羽あずささん)

「行き当たりばったりが多かったものの、これぞフィールドワークであると感じることができた」(栗原彩汰さん)

「今回の調査はほかのフィールドワークに比べとても内容の濃いものであった。道中、様々な出来事が発生したこともあったが、それを含めよい時間であった。特に楊谷寺横穴墓と釜口古墳を実際に見学することで座学では学べないことを知ることとなった。」(栗林優斗さん)

「大磯へフィールドワークに行ってみて、自分の住んでいる神奈川県について初めて知ることや学んだことが多くあったと感じている。日本史として残ってる資料や史跡が多いが、朝鮮にもまつわるものがあることを知ることができた」(志村祐治さん)

「事前学習・フィールドワーク・事後学習と長い時間をかけて平塚・大磯について学んだことにより、印象に残る授業となった。大学生活の中でもここまで時間をかけて学んだことはなかった。時間をかけることで、知識として記憶に残るということを発見することができた・・・今回のようにフィールドワークをしっかりと準備し、足を使って調査することは、卒業論文にも活かせると思う」(太田瞳さん)

「東洋思想史」(担当:村松弘一)の授業では儒教・道教・仏教からイスラームに至るまでアジアの思想・宗教にスポットを当てて講義をしています。今年は2回にわたって都内フィールドワークをしました。

 ①林氏墓所・山鹿素行墓 2019.11.3

新宿区の牛込柳町駅の近くには林羅山をはじめとする江戸幕府の儒官の林家の墓所があります。普段、見学はできませんが、年に1回東京文化財ウィークに公開され、ボランティアの方の解説を聞くことができます。儒式の墓(もとは墳丘あり、今は木があり)を目にすることができます。林氏墓所から歩いて15分ぐらいの宗参寺に、山鹿流兵学で知られる儒者・山鹿素行の墓があります。こちらは仏式の墓。墓の横には、素行の思想に影響を受けた乃木希典遺愛の梅が移植されています。

林氏墓所前にて

儒式墓地。墳丘はなく、植樹のみ。

ボランティアの方の解説

宗参寺(山鹿素行墓)にて

乃木大将遺愛の梅「春日野」

②東京媽祖廟・東京ジャーミー 2019.12.6

履修者20が新大久保に集合し、まずは、イスラームの一風景として、駅前の小道のハラールの店やモスクが並ぶイスラーム横町を見学。コリアンタウンを抜けて、大久保駅側の「東京媽祖廟」を訪れる。この媽祖廟は2013年に建設された施設で、入口の奥のエレベータで昇り、4階の観音殿、3階の媽祖殿、2階の関帝殿の順番に参拝した。次に新宿駅まで歩き、小田急線で代々木上原の東京ジャーミーへ。ここには昨年度も訪問させていただいた。昨年は椎名誠さんが取材にいらしていたが、今年はNHKラジオ番組の「音の風景」が録音に来ていた。今年も下山茂さんに解説していただいた。女子学生はヒジャブを身に付け入館し、礼拝堂では女性のみが許される2階にものぼっていた。異なる文化を「体感」した一日だっただろう。

東京媽祖廟にて

媽祖像

4年生のみなさん

4階建てビルの階ごとに廟がある

東京ジャーミー礼拝堂前にて

いつも楽しい下山さんの解説

礼拝堂でも下山さんの解説は続く

2階は女性専用。1階では下山さんがNHKの取材を受ける。

(履修学生の感想)

「媽祖廟やジャーミーはこちらが驚くほど、その場所になじんでいたので、正直びっくりした」(嶋田桃子さん)

「日本では神を祀る場は厳かであるべきという考えがあるが、中国では派手に飾る、イスラム教では伝統的な建築方法とともに清潔感のある白を基調としていた」(牛山恵莉さん)

「東洋からの文化・思想は日本独自の形に変化して浸透した場合もあれば、媽祖廟やジャーミーなど大きく変化することなく日本に入ってきた場合もあることがわかった」(榎本茅菜さん)

「女性は布で髪を隠さなければいけないという本格的なイスラム教の施設に入るのは人生で初めてのことだったので、かなり緊張した」(久保田空さん)

「フィールドワークを通じて、異国の文化や宗教などが身近な日本の街並みにうまく溶け込んでいたことを改めて認識した」(斉藤龍さん)

「東洋の思想は消える可能性もあったが、日本においては根付き、現在も何かしらの形で残っている。私たちはそこからさらにさまざまなことを学んでいくことができるだろうと感じた」(野澤結奈さん)

(文責:村松弘一)

歴史学科の東洋史関連の授業(村松弘一担当分)では、東京キャンパスという立地条件を生かしたフィールドワークを実施しています。2019年度は8回にわたって都内の博物館・研究所、東洋史に関連する施設や史蹟を巡りました。このうち博物館へは4回行きました。

①台東区立書道博物館【東洋文化史】2019.6.14 

東洋文化史の授業では甲骨から青銅器・画像石・墓誌、そして書画に至るまで様々な中国の文物の歴史をあつかっています。本年度は中村不折氏(1866-1943)が蒐集した書道史に関わる文化財を展示している書道博物館へ行きました。調査シートごとに学生が情報を整理し、スケッチもおこないます。スケッチを通じて「展示品と対話する」ことにより、時間と空間を越えた「東洋史の学び」につながります。

書道博物館前にて

 

左:文字磚(後漢時代 スケッチ:太田瞳さん) 右:熹平元年瓶(後漢時代 スケッチ:若木絢子さん) 

②東京国立博物館アジアギャラリー【東洋史演習Ⅱ(朝鮮)】2019.621

東洋史演習Ⅱ(朝鮮)では戦前日本の考古学者、関野貞の日誌(朝鮮調査分)を読みつつ、関連する朝鮮考古学の報告書などにあたる授業を展開しています。今年は小倉コレクション等朝鮮考古の資料を多く展示している東博の東洋館へと調査へ行きました。関野日記にも書かれている梁山夫婦墓や平壌貞柏里出土の文物などが展示されており、演習で読んだ100年前の朝鮮半島と現在の東京がつながる学びを体験しました。

東京国立博物館前庭朝鮮文官像前にて

 

左:鬼瓦(慶州四天王寺跡出土 スケッチ:伊地知大河さん) 右:耳飾り(小倉コレクション スケッチ:嶋田桃子さん)  

③東京国立博物館特別展「三国志展」【東洋史演習Ⅰ(中国)】2019.7.12

東洋史演習Ⅰ(中国)では昨年度に続き『三国志』諸葛亮伝を輪読しています。今年は東京国立博物館で三国志に関する文物をあつめた特別展が開催されていましたので、前期の最後にフィールドワークに行きました。魏・呉・蜀それぞれ特徴的な展示品を目にして、「三国時代」への理解が深まりました。

東京国立博物館平成館前にて   

 

左:説唱俑(後漢時代 重慶市出土 スケッチ:田邉悠成さん) 右:銅製食器(後漢時代 河北省出土 スケッチ:高橋孝介さん)

④大倉集古館【東洋史Ⅰ(中国)】2019.10.18

東洋史Ⅰ(中国)の授業では中国史の通史を講義しています。今回は、9月にリニューアルオープンしたばかりのホテルオークラに併設された大倉集古館へ行きました。大倉集古館は明治~昭和期の大倉喜八郎・喜七郎父子によって蒐集された日本・東洋の美術品を展示する施設です。ここでも学生達は個々に興味のある美術品のスケッチをして、中国の歴史と対話しました。

大倉集古館前にて

大倉喜八郎像前にて

 

左:鶴桃図(沈南蘋 清時代 スケッチ:栗原彩汰さん) 右:桃園結義図(江戸時代 スケッチ:佐藤陽太郎さん)

教職課程を履修している学生にとって、学生生活最大のイベント。

それが教育実習です。

2020年1月22日に、教職課程を履修している4年次生による「教育実習報告会」を開催しました。

教育実習を終えて、教職課程の学びを終えるのではなく、自身の実習を振り返ることによって、

そこで修得した知識と経験を血肉化する試みです。

この報告会には、4年次生だけではなく、これから教育実習を行う予定の1~3年次生すべての学生が参加しました。

まずは実行委員長をつとめた墨井君の挨拶で開会。

当日は二部構成で、はじめに、実習を終えた4年次生が、「授業準備」や「課外活動」など、

それぞれが担当したパートごとに、実習の内容を報告。

これから教育実習を行う後輩学生に、教育実習に臨むまでにしておくべき事柄について、

熱心に説明していました。

後輩学生も、熱心にメモをとりながら、質問をする様子が見られました。

 

二部構成の後半では、実際に教育現場で教鞭をとる高校の先生による講演が行われました。

当日来学して下さったのは、茨城県つくば秀英高等学校の砂田益弘教諭と川又洋之教諭。

砂田先生からは、教育実習生としての心構えや、教育現場で進行している課題について、

わかりやすい事例を取りあげながら説明がありました。

教育現場に直結した講演内容だけに、参加した学生も通常の講義以上に真剣な様子で耳を傾けていました。

川又先生からは、高等学校の地理歴史科に関して、授業内容が大きく変化している実態についてお話がありました。

 

ベテランの域に達している教員でも、日々試行を重ね、学び続けている姿勢に、

これから教職を目指す学生も、気持ちを新たにしたようです。

教職課程を履修している4年次生は、卒業論文の執筆と並行して、この日のための準備を重ねてきました。

卒業式の日に、卒業証書と一緒に渡される教員免許状が、積み重ねてきた学びの集大成となるはずです。

 

歴史学科では、卒業要件として4年次生に卒業論文を課しています。

12月に卒業論文を提出し、1月20日の口頭試問を経て、同21日、卒業研究報告会が開催されました。

各ゼミから1名の代表者が、自身の研究内容を報告。

次年度に卒業論文を執筆予定の3年次生はもとより、1、2年次生も多数参加しました。

 

開会に先立って、遠藤ゆり子准教授の挨拶。

そののち、各報告者による卒業論文の内容紹介。

 

①伊奈 友瀬君「宇多天皇譲位後の政治的権威」(研究指導 鈴木准教授)

 

②岩田 芽依さん「中近世における秩父妙見信仰の展開」(研究指導 遠藤准教授)

 

③河﨑 直輝君「沖縄決戦 第三十二軍と沖縄県民」(研究指導 森田教授)

 

④齋藤 龍君「大銭から見る日本海交易の可能性」(研究指導 三宅教授)

 

⑤清水 昭広君「近世武家社会における賄賂と贈答儀礼」(研究指導 田中准教授)

 

⑥堀川 南海君「三国時代における孫呉の一族及び家臣団からみる滅亡の要因」(研究指導 村松教授)

 

各ゼミの代表者だけに、興味深い報告がつづきます。

最後に三宅歴史学科長からの講評。

これから卒業論文を執筆する学生に向けて、

「これが淑徳スタンダードである。このレベルを超える論文を執筆してください」との激励で会を締めくくりました。

4年次生にとっては、卒業式前最後の公式行事。

歴史学研究の集大成を残して、卒業式をむかえます。

2020年1月14日、本年度で本学を退職される歴史学科土井進教授の最終講義が行われました。

土井進教授は、歴史学科が設置された2014年4月に本学に着任され、同学科の教職課程を主に担当されてきました。

当日は在学生、教職員を中心に、卒業生も加わり、多くの参加者が最終講義を受講しました。

講義に先立って、歴史学科の三宅学科長から土井教授の紹介。

つづいて土井教授の最終講義が行われました。

タイトルは「大乗仏教哲学に脚跟を定めた人文学部における教員養成の実践的研究」。

大学時代の恩師との出会い、中学校の教員時代、信州大学教授としての教育研究活動にはじまり、

本学に着任されてからの6年間、どのような想いで教職課程を担当してきたのか、

熱心に講義を展開されていました。

 

質疑応答の時間では、在学生から「将来教職を目指す者として、どのような心構えが必要か」などの質問。

土井教授は、これまでの教員経験に照らして、熱のこもった回答をされていました。

その後は記念品の贈呈と最終講義受講者集合写真の撮影。

その後、会場をかえて、土井教授を囲む懇親会が開催されました。

星野学部長による乾盃の挨拶ののち、懇談がはじまり、

参会者は、土井教授との写真撮影や会話に花を咲かせていました。

歴史学科の教職課程の礎を築かれた土井進教授に心からの感謝を申し上げます。