「学びの窓を広く開けて」 

ここしばらくの子ども家庭福祉領域の政策はカナダのオンタリオ州トロント市の子ども家庭福祉実践の影響が散見され、ここ数年機会を作っては、トロント市に学びに出かけている。カナダでは基本的に地方分権が前提であり、トロント市の子ども家庭福祉実践の特性は脱施設化と民間活力の登用にある。

ちなみに、社会的養護は里親が基本で児童養護施設は廃止されている。昨今の我が国の子ども家庭福祉領域は、これらの実践の成果を吸収し新たな方向へと展開しつつあるが、その実現は簡単そうではなさそうだ。

なぜなら、これらの民間(NPOやNGO)が運営している機関や施設で働くスタッフは大学で社会福祉の学位を修めているのは当然のことで、連絡調整やスーパービジョンを担当するワーカーたちは大学院でのトレーニングを終えている。

それに加えて、実践・検証・研究を重ね日々実践の洗練を重ねているという。何ともうらやましいやら、我が国の先行きに不安を覚えるやらの現実である。

そんな訪問を通じて出会ったのが菊池孝行氏。菊池さんは早稲田大学を卒業し広い世界を観てみたいと単身カナダに渡り、トロント大学の大学院に学び、現在は我々のような研究者を中心に旅行コーディネートを生業としている。

その傍ら、ボランタリィアクションとしてトロントの“ユース”の当事者活動の支援をしている。こうした社会経験や専門性をもったボランタリィ・スタッフが無償で機関や施設の支援や当事者の活動をサポートしていることもトロントの実践の強みと言える。

私のゼミでは、この菊池氏を招いてワークショップを開催し、子どもの権利について学ぶ機会を持っている。今年も6月23日に“子どもの権利の理解”をテーマにワークショップを開催した。

本来であれば学生たちとともに、カナダに出かけていきたいところであるが、カナダは遠く直行便でも12時間ほどかかる。当然費用も距離に比例して高い。そこで、旧知の菊池氏が来日する際、機会をとらえてゼミの窓に海外の風を吹かせてもらっている。

英語の“Right”を“権利”という日本語に訳したことで、本来意味すべきことが伝わったのかどうか、楽しいレクチャーからワークショップは始まった。そして、現在日本が新たに展開する子ども家庭福祉の視座を得たトロントでさえ、かつての子どもの人権の理解に権利侵害的要素があったことなど、刺激に富んだ示唆があった。

菊池氏の巧みなファシリテートに、学生たちは相互に意見を交わしながら、少し勇気をもって自論を展開し、少なからずトロントの風を感じながら楽しげに学んでいた。

ワークショップの後、菊池氏と学生の中から何人か機会を得て海外に学びの旅に出てくれる学生がいたらと語らった。学生たちから寄せられた感想は、それぞれとても真面目に“権利”を考えていることが述べられ、子どもの権利が侵害されるような考え方にショックを受けたり、正義感から少なからず“怒り”を感じていたようだ。それぞれの心に芽生えた興味や関心の発露をぜひ、学びへと展開してほしいものである。

私の研究室の窓からは隣接する大巌寺の美しい緑が風にゆれている。

学生たちは彼らの学びの窓をどこに向けて開いていくのであろうか。ぜひ、折に触れ窓を開き新しい刺激を取り入れて行ってほしいところである。今回の体験がその機会のひとつとなれば幸いである。

稲垣ゼミ