セオリー通りではない意外な発見をクライエントさんとのやり取りの中で教えてもらう
‐‐ まず最初の質問なんですが、心理職ならではの面白い発見や楽しいことなどを教えていただけますか。
面白い発見・・やっぱり臨床でクライエントさんが元気になっていったり、生き生きとしていったりする。そしてそれがセオリー通り、技法通りに変化していったというよりも、その人らしい形で、その人のユニークさを持って、「あーこんなことできるんだ」とか「こんな変化があり得るんだ」という風なところで、その人らしく生き生きしてきたときは嬉しいですよね。
‐‐ なるほど
相手の方が元気になって嬉しいっていうことももちろんそうなんだけれども、「この技法でこんな効果もあるんだ」とか「この技法こんな風に使う人もいるんだ」とかって、一応技法とか理論っていうのが型通りというか、教科書みたいなのがあるわけじゃないですか。そのとおりいく場合ももちろんあるわけなんだけど、そうじゃなくて、意外な発見というのかな、「こんな効果もあるんだ」とか「このやり方でもいいんだ」とか「こっちのほうがいいな」とか、そういうのをむしろクライエントさんとのやり取りの中で教えてもらうっていうかね、見つけてもらうときっていうのはすごく嬉しいし、喜びを感じますよね。
‐‐ セオリー通りにビシッと行くってことは少ない方なんですか?
どうだろうなー。基本はセオリー通りなんだと思うんですけどもね(笑)
‐‐ 千葉先生の研究に関して面白い発見とかはありますか?
今言っていた通り臨床が研究でもあるので、新しいやり方を導入して試してみて、効果があったっていうのはもちろんそれはそれで嬉しいわけですよね。でも、そういうときに、必ずしもセオリー通りとか予測通りではなくて、「こんな使い方をする人もいるんだ」とか、「こんな効果もあるんだ」っていうのが見つかったとき、あるいはそれが「じゃあこうやったら説明できるのかな」とか、クライエントさんの変化についてこういう理解をすればいいじゃないかとか、だったらこれもできるんじゃないかっていう風に新しい仮説が出てきたりとかね、そういうモデルが発展したりとか、そういう時って面白いですよね。
‐‐ そういう理論体系とかモデルっていうのは常に、というか頻繁に変わっていくものなんですか?
そうですよね。基本のところは変わらないんですけども、何年かにいっぺん十年にいっぺんとかは割と新しい理論体系が出てきたりもするし、それがどう適応されていくのかっていうことについては、それこそケースバイケースでクライエントさん一人一人によって違うところがあるので。
‐‐ でもあまり、どういう例があったかっていうのはプライバシーの面でダメなんですかね。
うーん
‐‐ こういう面白いことがあったみたいな。
こんな面白いことがあった・・僕は今、臨床の基本はACTっていうやり方をしてるんですけど、こんなのもACTで使ったりするんですけども(お手玉をみせてくれた)
‐‐ へえー
僕は今心理臨床センターを主に臨床の基盤にしているんですけども、心理臨床センターの方は、院生に担当可能なケースは極力院生にもたせるわけですよ。そうすると自分が何やるかっていうと、EMDR療法っていうのがありまして、トラウマの心理療法なんですけど、それは臨床心理士の資格を持っててさらにEMDR療法のトレーニングを受けなければいけない。そして、基本は臨床心理士の資格を取ってから、その訓練を受けてくださいということなので、院生は訓練すらまだ受けられない状態なんですね。今心理臨床センターで他の先生方もEMDR療法はやってないので、それを希望してくるクライエントさんは僕が担当する。そして普通にACTが適応可能だろうなっていうのは院生に担当させる。そういう感じでやっているんです。EMDR療法のやり方っていうのはかなりガチっと決まっている、構造化されたセラピーなんですけども、セオリー通りだと、中々進展しない、トラウマの点数がある程度以上下がらない、みたいなことがあるんですね。
‐‐ なるほど
そういうときに、ACTの技法を少し導入して、そうするとトラウマとどう向き合っていくかっていうことなんだけども、EMDR療法の方は脳の処理プロセス、適応的な処理プロセスが脳にそもそも備わっていて、それを刺激してあげるっていう理屈なんですね。ACTのほうは、嫌なこと辛いことがあるとついついそれから逃げてしまう。逃げてしまうことで、問題が先送りになって悪循環になってなかなか解決しない、場合によってはひどくなっちゃう。ということで理屈は全然違うんですけども、でもストレッサーから逃げてしまうということに関しては、ACTの技法を使って逃げないように、自分が向き合ってるのはこういうストレッサーなんだなというのが分かって、それをイメージして、逃げないでとどまっていられる自分というのが感じられるようになると、EMDR療法やってても、記憶の中の怖い刺激っていうものに、逃げないでとどまっていられる。そうすると脳の処理プロセスが進むようになっていって、トラウマ処理が進んでいくという風なことがあって、まあ本来全く別のものなんだけども、組み合わせてやってみたらば、結構これ使えるじゃんっていうのはこの一、二年体験していて、それで、あの人でこんなことができたとかこっちの人はこんな風に変わっていくんだとか。あと部分的には院生にも陪席してもらって、エクササイズの部分だけ院生にやってもらうなんてこともあるんですけども、そしたら院生が結構独自のというか独特の雰囲気でやってくれて、それが良かったりなんてこともあったりして。
‐‐ へえー
それから僕一人だけでなくて、院生とも知恵を出し合いながら、あるいはそれぞれの持ち味を活かしながら、クライエントさんと一緒にやってるという感じで、そういうのがうまくいったときなんていうのは「やったー!これ結構効くんだ」そういうことはありますよね。
‐‐ ほんとにケースバイケースなんですね。
まあそうですね(笑)抱えてるトラウマもそれぞれ違うので全く同じようではないですね
‐‐ いろんなケースがあるってことですもんね
うん
‐‐ クライエントさんのもとの性格とかもそうだし、あとそういう、院生の人は院生の人なりの雰囲気があったりとかそういうので変わってくるんですよね
院生も一人一人くせがあったりするのでね(笑)それでくせが良い方向に働くときもあるし、逆に「うーん・・」ていうときも
一同: あははは
‐‐ そういうときは担当を変えたりするんですか?
いや、ちょっと合わないなっていうんですぐに担当を変えるとかではなくて、クライエントさんからしてもそうですよね、この院生さんちょっと合わないなと感じる場合ってのはあり得るわけですけども、そのときに、でもこの人こんないいところがあるんだよとか、このやり方ちょっと合わなかったとすると、じゃあどんなやり方が良いのか一緒に探しましょうよとか。クライエントさんにもこのセラピスト嫌だっていってすぐに諦めさせちゃうんじゃなくて、踏みとどまってもらいたいし。
‐‐ それが進歩に繋がると
さっきの話にちょっと似てるでしょ?
‐‐ 向き合うってこと
うん、ストレスに向き合うってこともそうだし、この状況で、たとえばうちのセンターで上手くいくかなとか、セラピストが誰の方が上手くいくかなとか、このやり方で上手くいくかなとか、当然条件いろいろあるんだけども、時には、このままではうまくいかないんじゃないかと思うことがあるわけですよね(笑)そのときに、「あーだめみたいだな」って一緒になって諦めちゃっては、やっぱりセラピーにならないので
‐‐ うん
うん。そこはなんとか希望を持ってもらえるようにこっちもあの手この手で・・(笑)あとはその、ちょっとあれって思った時に、早めに気が付いて手当てすることが必要ですよね。すごく大きくなっちゃって、「あーこの先生じゃだめだ」ってなってしまうともう話しもしてくれなくなっちゃう。それこそ来てもくれなくなっちゃうので。そうなる前に早めにキャッチしてっていうことですね。
‐‐ じゃあ、やっぱり技法とかが全てではなくて、カウンセラーの方が持ってる雰囲気とか話し方だったりとかがすごい影響されますよね。
まあそれもあるんだけども、技法って言っても表面的にこの手順をやればいいっていう技法ではないわけですよ。むしろ、例えばトラウマだとすると、どういうトラウマ刺激に遭遇してるのか、その時にクライエントさんが何を体験しているのか、体ではどう反応し、考えではどう反応しちゃっていて、どんな感情が起きていて、逃げたくなっちゃうっていうのはどんな逃げ方をしちゃうのか、逃げ方もいろいろくせがありますから。そこをしっかりと見極めていくってことをしていかないと、つまり見落としちゃうわけですよね。「あーこの逃げ方だな」っていって、Aの逃げ方だなと思っていたらば、実はもっと巧妙なBの逃げ方をしていて、そこに気が付かないと、Aで逃げないようにってことばっかりやっても、じつはそれやってる間にもBで逃げちゃってると、治療は進まない。そんなことがあって。そのBのところをちゃんと見抜けるかどうか。じゃあそれはどうやって気づくかっていうとやっぱり会話をしたりとか、ちょっとした仕草とか、ある話をした時にちょっとおびえた表情が見えたとか、そういうようなことを細かく見ていっていく中で、見極めるってことですよね。
‐‐ ありがとうございます。ではそろそろ次の質問をさせていただきたいんですけれども。
はい